「大陸移動説」を唱えたドイツの地球物理学者ウェゲナーは、自らにこう問いかけた。「手に入ったデータを全部使わないで、その一部分だけに基づいて判断をくだす裁判官があるとしたら、われわれはどんな評価をくだすだろうか」と◆大陸が移動するという壮大なアイデアを検証するに当たって、新たなデータを求め続けた。その言葉通り、1930年に亡くなるまでに、大陸移動説をまとめた大作『大陸と海洋の起源』(岩波文庫)は第4版まで全面的に書き直された◆そんな誠実な姿勢は、官僚や政治家にも求められよう。「働き方改革」の雲行きがいよいよ怪しい。目玉政策の「裁量労働制」の裏付けデータがあまりにもずさんで、さすがの安倍首相も「実態把握をしない限り、前に進めない」とお手上げ。今国会への提出をあきらめた◆長時間労働を改めるという建前そのものは、多くの支持が得られるだろう。だが、「裁量制で働く人の労働時間は、一般労働者よりも短い」という説明には、首をひねった人が多かったはずだ。むしろ、この制度が広がれば、歯止めなき残業につながりかねないと考えるほうが自然だからだ◆この国で認定された過労死は96件、過労自殺は93件(2015年度)。この数字の向こうで、どれだけ多くの人々が苦しんでいるのか。薄ら寒い思いがする。(史)

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