嬉野に残る忍者の痕跡について九州忍者保存協会の河野進也理事長(左)と話し合う佐賀戦国研究会の深川直也代表=佐賀市嘉瀬町

 嬉野市内にかつて実在した忍者について調べている九州忍者保存協会(嬉野市)は、昨年7月からの調査で、忍者とみられる歴史上の人物を新たに複数人確認した。25日の「第3回うれしの温泉忍者フェスタ」で発表し、忍者に関する識者から「認定審査」を受ける。

 佐賀戦国研究会の深川直也代表(佐賀市)が中心となり調べた新たな忍者候補は、鎌倉時代から幕末にかけての山伏、戦国武将、幕末の下級武士など7人。このうち山伏については、鎌倉時代に嬉野市塩田町の唐泉山にいた大蛇を呪い殺し、その地に八天神社を開いた本光坊(ほんこうぼう)などを取り上げる。

 深川代表は17世紀の忍術書「万川集海(ばんせんしゅうかい)」などをもとに、山伏を忍者の原型とする見方を紹介。「国境も越えて山中を集団で移動し、武器にもなる錫杖(しゃくじょう)を備えていた。戦国時代には権力者に情報を提供し、戦況をも左右する働きをした」とした上で「忍者と武術家や山伏の切り分けは難しい」と語る。

 忍者フェスタではこうした調査結果を深川代表が発表し、忍者研究の第一人者である三重大の山田雄司教授や歴史研究家の中西豪さんから意見を聞く。また山田教授と中西さんは、それぞれ忍者文化や藤津地域の戦国時代を題材に講演もする。

 フェスタは午前11時から、嬉野市体育館で。塩田町発祥で現在はほぼ断絶している武術「八天無雙(むそう)流」の演武や、忍者体験コーナーなどもある。問い合わせは同協会、電話0954(43)1990へ。

このエントリーをはてなブックマークに追加