くど造りの屋根が特徴的な東面=小城市牛津町

南面は表の間口が長い

 柿樋瀬は小城市牛津町の中央の比較的平坦部に位置し、神社は若宮神社と天満神社、寺院では宝積寺、正満寺、大常庵があります。正満寺の本尊は阿弥陀如来像で、釈明善の開基といわれています。

 この地域は藩政時代、牛津町の中心地であり、旧長崎街道に沿って町並みが形成されています。もともと周辺は宿場の中心で上使屋と呼ばれ、本陣や脇本陣、高札場、そして旅人の宿などがあり、長崎奉行や幕府の役人、大名やその家来、旅人、商人、外国人らの宿泊や休息の場所として利用されました。幕府の直轄地である長崎を結ぶ旧長崎街道は公的意味合いが強く、全国5街道に準じた取り扱いがなされていました。

 佐賀本藩の資料によると、寛政3(1791)年、大火で町屋や旅籠(はたご)などが焼失した記録が残されています。

 石丸家はJR牛津駅前の旧長崎街道沿いに面して建っています。屋根の形式はくど造りで、明治27(1894)年に建てられた町屋造りです。間口は7間で、間取りはゆったりとした土間に花鉢が多く置かれ、憩いのひとときを与えてくれました。間取りは全体的に中居、寝床、次の間、中座、座敷、玄関で、建物全体の規模は大きく、東に両翼を突き出して、貴重な景観でした。

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