フリースタイルスキー・女子ハーフパイプ決勝でエアを決める小野塚彩那=平昌(共同)

 成田 収平(なりた・しゅうへい)明治大スキー部・総監督。青森県弘前市出身。青森・東奥義塾高、明治大、リクルートでノルディックスキー複合選手として活動。1985年ノルディック世界選手権代表。全日本スキー連盟では複合のヘッドコーチ、部長を経て、2015年10月から17年6月まで競技本部長を務めた。指導者として冬季五輪5大会など主要国際大会を経験。現在は治療院とマッサージ店の代表。53歳。

 フリースタイルスキーの女子ハーフパイプ(HP)で前回の銅に続くメダルを狙った小野塚彩那は5位でした。12選手による決勝では最後の3回目に82・20点をマークしましたが、銅メダルのシガニー(米国)とは9点以上の差がありました。小野塚はゴール前の横回転の技で回転が足りずに点数が抑えられました。でもそれがなかったとしてもメダル獲得は難しかったでしょう。

 金のシャープ(カナダ)、銀のマルティノ(フランス)には迫力がありました。トップ3と比較すると、高さと技術の差は歴然としていました。高さを出すためには当然スピードが必要です。それが不足していました。

 小野塚は今季序盤で脳振とうを起こしたことがあると聞きました。もしかしたら、それが原因で恐怖心が湧いてきたのでしょうか。何度かHPのボトムでスキーをハの字にして減速していたので「あれっ」と思って見ていました。

 彼女とは一昨年秋に長野県白馬村のウオータージャンプ台での合宿中に会いました。エアリアルチームと一緒に練習していました。

 スタートまで歩いて上り、ポジションを確認して滑り降り、空中で新技などに挑戦して水中に落ちます。着水の衝撃はかなりのもので、時にはスキーが折れることもあります。これを何度も繰り返します。体から着水したらどうなるかと心配になりました。

 何度か飛んだ後に、小野塚がプールから上がってこないことがありました。コーチが駆け寄り、引き上げてウエットスーツを脱がせました。小野塚は首が動かすことができず、背中が痛いと訴えました。

 あいにく土曜日で、近くの病院は休み。あちこち尋ねて、ようやく整骨院で受診できました。その時は、大事に至らず何よりでした。

 そこまで厳しい練習に打ち込みながら、会えばいつも「優勝します」と元気な言葉を返してくれる頑張り屋さん。そんな小野塚がメダルに届かなかったことが残念です。

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