平昌冬季五輪のフィギュアスケート男子で、羽生結弦選手が66年ぶりの2連覇を達成した。易しい偉業ではない。大けがを乗り越え、見る人の魂を揺さぶる演技だった。心身の強さを示した五輪王者を持ったことは、われわれの誇りである。将来のスポーツ界にも好影響を及ぼすに違いない。

 羽生選手は今大会日本選手団金メダル第1号であり、20歳の宇野昌磨選手も銀メダルを獲得した。後半戦の日本選手団へ弾みがつく「ワンツーフィニッシュ」である。

 フィギュアスケートの男女は五輪で110年の歴史がある。1908年ロンドン夏季大会に始まり、24年の第1回冬季五輪で移った。欧米中心に世界が競ってきた歴史と人気の花形種目で、羽生選手は第2次大戦後2人目の男子連覇だ。このスポーツのグローバル化と深化を示す象徴的な金メダルと評価したい。

 昨年11月に右足首靱帯(じんたい)損傷の重傷を負った。氷上の練習は年が明けてから、4回転ジャンプの練習開始は直前。本番へ負傷の影響が懸念された。けれど羽生選手には明確な目標があったそうだ。前回ソチ五輪は金メダルを取ったが、フリー演技では転倒している。だから「完璧な演技」を目指した。

 ぶっつけ本番だったが、培ってきた地力を精神力、集中力が支えた。不安視された体力は限界だったろう。しかしフリー演技の4分半、鬼気迫る演技は最後まで持った。

 ソチ五輪から4年間、何度も故障、負傷に遭いながら克服してきた。過去の経験を生かし、努力を重ねた成果であろう。

 歴史を振り返れば、日本はアジアの弱小国だった。羽生選手以前に2連覇した48、52年のリチャード・バットン選手(米国)の時代、51年の世界選手権で女子の稲田悦子選手は、男性のズボン下を黒く染めて女子タイツの代用にしなければならなかった。用いた楽曲も古びて、36年五輪10位から21位と惨敗している。

 競技の主流は欧米が独占してきた。練習リンクの借り上げ、有名コーチの指導、振り付けや楽曲アレンジなど強化には多額の費用が必要。豊かな国の富裕層の競技にはビジネスも付随し、華やかな世界をつくりあげた。

 壁を技術で破ったのが伊藤みどり選手だ。女子初の3回転半ジャンプ(トリプルアクセル)を武器に92年アルベールビル五輪で日本初のメダル(銀)を獲得。2006年トリノ五輪の荒川静香選手の金メダルにつながり、10年バンクーバー五輪は浅田真央、金姸児(キムヨナ)両選手が頂点を競い、男子の高橋大輔選手が銅。そして羽生選手に続く。アジアが経済力アップを背景に欧米に対抗できる選手を生み、その延長線上に羽生選手のV2がある。

 フィギュアは芸術性と技術力の相克が背景にあった。男子は4回転ジャンプの時代になったのに10年バンクーバー五輪では4回転を跳ばない選手が芸術性を生かして勝った。時代逆行との批判が出たこともある。

 その点、羽生選手は数種類の4回転を駆使するだけでなく、スケーティング技術も高い評価を得ている。切れのあるステップ、滑らかなスケーティング。基礎があってこそ軽やかなジャンプが光る。映画「陰陽師」の音楽に乗り、メリハリの利いた和の世界をリンクに現した。技術と芸術の融合。総合力でつかんだ世界一である。(共同通信・小沢剛)

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