八ッ並金丸遺跡の柱穴群。右端に大型建物、丸い線は柱穴群

 今回は奈良時代基肄郡の倉庫跡群についてお話しします。これらが発見されたのは、基山町と鳥栖市との境界(現在は弥生が丘)に広がる八ッ並金丸遺跡です。

 現在は東公園の地下に残されています。北部丘陵開発に伴う事前の確認調査で発見され、他の時代の調査内容も含めて貴重かつ重要性があるため、ここは芝生公園にすることで合意できたからです。

 確認調査では、計画的に配置された大型建物3棟を含む、奈良時代の掘立て柱建物9棟が確認されました。文字が刻まれた土器や古代特有の布目瓦が出土しています。郡役所建物か寺院もあったことが考えられます。多くの建物が整然と並ぶ状態は、まさに「八ッ並」の地名どおりで、地名にも古代の記憶が刻まれていたと言えるでしょう。(鳥栖市誌第2巻参照)

(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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