〈わたしが一番きれいだったとき/まわりの人達が沢山死んだ/工場で 海で 名もない島で/わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった〉。詩人、茨木のり子(1926~2006年)の詩「わたしが一番きれいだったとき」の一節である。きょうは茨木の命日◆終戦時、数えで20歳だった。戦争のために青春を奪われ、時間を取り戻せない無念をうたって同世代の女性たちの共感を得た。終戦直後、同級生の中には進駐軍を恐れ、操を守るべく丸坊主になった人もいたという◆〈「ああ、私はいま、はたちなのね」と、しみじみ自分の年齢を意識した〉。エッセーにそう書いた茨木は、戦時中、化粧することも恋文をもらうこともなく、国防婦人会に服装を注意されたことも。軍需工場で真っ黒になって働いた◆大義という色に染まった時代とは違う、今。だが、世界を見渡せば「自国第一」「宗教ファースト」と、特定の何ものか以外を排除しがちな、寛容さに欠ける空気も漂う。個人の自由を封じ込め、共同体の秩序を優先させる危うさをはらむ◆〈わたしが一番きれいだったとき/だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった/男たちは挙手の礼しか知らなくて/きれいな眼差だけを残し皆発っていった〉。人間らしく生きられる世の中であってほしい―。茨木からの伝言である。(章)

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