「おとろしか。おもいだそうごたなか。人間じゃなかごたる死に方したばい、さつきは」。水俣病を告発した文学作品『苦海浄土(くがいじょうど)』の一節である。著者の石牟礼(いしむれ)道子さんは、接した患者の家族の言葉として記す◆読めば聞き書きのルポルタージュと思うが、メモや録音機は使っていない。いったん血肉化したものを自分の言葉として紡いでいる。眼前に広がる世界、弱き者に感応する詩人の心があってのことだ。公害の恐ろしさが一層際立つ◆亡くなった石牟礼さんの文業を一言で表すなら、近代文明の意味を問うたことである。幼い頃の水俣の街、小川で捕ったエビのぴちぴちとした手応え、狐(きつね)など「あやかし」の情景…。自伝『葭(よし)の渚(なぎさ)』には、それらがたっぷりと描かれている◆「わたしが引き入れられていたのは、この世の端っこに残された神話の世界を生きることだった」。若き頃を自伝で振り返る。水俣病前史の時代であり、その豊穣(ほうじょう)な社会は「近代化」で失われた。近代とは経済優先ということだ。国策と結びついた大企業中心の世の中が公害を生み、ひいては福島原発事故につながったと、その罪深さを思い批判した◆〈さくらさくらわが不知火(しらぬひ)はひかり凪(なぎ〉。原郷としての不知火海を石牟礼さんが詠んだ句である。その魂は、きっと春近いふるさとの海に飛んでいったと思いたい。(章)

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