佐々木励さんと栽培している唐津自然薯(本人提供)

 雑誌編集のかつての上司、筒井ガンコ堂氏がある時、私にこんな話をしたことがある。

 「タナックン。『猫』に唐津の自然薯(じねんじょ)のことが載っているゾ」

 『猫』とは夏目漱石の『吾輩は猫である』のことである。

 珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ)先生の書生多々良三平が、郷里唐津の自然薯を折れないように木箱に入れ、帰京の土産として持参した。そして漱石は苦沙弥先生の言葉を介して、「唐津の山の芋は、東京のものとは違ってうまかあ」と絶賛している。

 ところでこの多々良三平にはモデルがいる。五高時代の漱石の書生であった股野義郎である。彼は後に三井三池炭鉱の重役となり、石炭輸出の相談のために炭鉱王高取伊好を訪ねた。その時、高取夫人による自然薯の手料理が振る舞われ、それがあまりにもおいしかったので、漱石への土産にしたという。

 ではなぜ唐津の自然薯がおいしいのか。その謎を解くために浜玉町の「ささき農園」の佐々木励(つとむ)さん(41)を訪ねた。

 「一番大切なのは土壌が赤土であることでしょうね。鏡山麓の柏崎から野田あたりまでは良質な赤土層となっています。それに柏崎産の薯蕷(じょうよ)は400年くらい前から唐津藩に年貢としていたことが古文書に記述されています」と佐々木さん。

 佐々木さんの自然薯づくりは15年前、祖父の指導のもとに始まった。そしてあくまで無農薬・有機栽培にこだわり、試行錯誤の上、わが国でもトップクラスの品質を誇る自然薯が生産できるようになったという。

 佐々木さんを中心とした自然栽培農家が増え、自然薯が唐津の特産物となるよう期待する。

  たなか・まこと フリーの編集者で、民俗学、歴史を中心に編集・執筆活動を行う。1954年生まれ。唐津市桜馬場。

このエントリーをはてなブックマークに追加