店内から温かい光が漏れ、古き良き時代へいざなううなぎ料理店「竹屋」=唐津市中町

 

木造3階、味とともに守る

 

 唐津市の中心市街地にある木造3階建てのうなぎ料理店「竹屋」。良質の和風建築で、築95年の積み重ねなのか、客間に入ると、ほのかに甘いたれの香りがした。「継ぎ足してきた秘伝のたれを守るため、身内だけでやってきました」と4代目の大木章光さん(46)。いとこの宏一さん(44)と焼き場に立つ。

 城下町唐津で、江戸時代から同じ屋号で刀研ぎ、漆塗り職人をしていた家系が、1876(明治9)年の廃刀令を機にうなぎ料理を始めた。近くの松浦川で取れた天然うなぎは、シャコを食べて育ち、格別にうまかった。当時は店の前の堀でも取れたという。

 1923(大正12)年に建て替えた。98年の登録有形文化財の指定には、唐津焼の13代中里太郎右衛門さん(故人)が強く推した。若い日の12代(中里無庵=人間国宝)が唐津焼復興を願いながらも妻の実家の材木店に一時養子に入り、木材を納入していた。

 吟味された銘木が2、3階の客間にそろう。廊下には継ぎ目のない松や桜の大板が並び、3階客間の床の間に貴重な栃の木の一枚板、床柱に紫(し)檀(たん)、黒(こく)檀(たん)を使用。通りに面した窓は敷居で上下に分かれ、下は格子で雨戸を開けると風が通り抜け、趣がある。上階に料理を運ぶため、滑車を使ったリフトも備える。

 戦争末期、空襲から町を守るため、建物疎開の除去家屋に指定された。おかみで姉の基予子(きよこ)さん(47)が「祖父の妹たちが『うちは荷物が多いから、すぐには引っ越しできない』と言い続けて免れた。子どものころにぬか袋で床を磨いたりしてきた大叔母たちは、特に愛着が強かったようです」と教えてくれた。バブル期の建て替えの誘いも頑として断り、今がある。

 守ってきたのは味だけではない。

文 ・宮崎 勝/写真・鶴澤弘樹(佐賀新聞)

 

ちょっと寄り道

旧唐津銀行 赤れんが、辰野金吾監修

3階建ての店内も、木造を基調とした趣ある雰囲気だ

 東京駅や日本銀行本店本館などを手がけ、日本の近代建築の礎を築いた建築家辰野金吾(1854~1919年)は唐津出身。竹屋から東に50メートル歩くと、辰野が監修した佐賀県重要文化財の旧唐津銀行に出合う。

 赤れんがと白い石の「辰野式」と呼ばれる外観で、1912(明治45)年に完成した。竹屋とは和洋の違いはあるが、ともにそこだけ時計の針が止まって見える。この二つの建築遺産は、大林宣彦監督が戦時下の青春群像劇を描いた映画「花筐/HANAGATAMI」(全国上映中)でロケにも使われた。

 今年は明治維新150年。旧唐津銀行は3月17日から来年1月14日まで、「肥前さが幕末維新博覧会」の唐津サテライト館になる。

 

 ■アクセス

 

 竹屋の住所は唐津市中町1884の2。長崎自動車道多久インターチェンジから、唐津方面に進み、唐津市役所を目指す。市役所から徒歩3分。JR唐津駅から徒歩5分。店の駐車場はない。営業時間は午前11時半から午後7時(日曜祝日は午後6時半)まで。水曜休み。電話0955(73)3244。

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