「不良な子孫の出生防止」を掲げる旧優生保護法により不妊手術を強いられ、子どもを産み育てる基本的な権利を奪われたと、宮城県の60代女性が国に損害賠償を求め仙台地裁に提訴した。知的障害を理由に10代で手術を施されたという。「国が不妊手術を強制したのは幸福追求権や自己決定権を保障する憲法に違反する」と訴えている。

 戦後の人口急増を背景に1948年に制定された旧法は遺伝性疾患や知的障害、ハンセン病について遺伝防止のためとして不妊手術や人工妊娠中絶を認め、不妊手術は本人らの同意がなくても強制的に行うとした。「障害者差別」の批判が高まり、96年に母体保護法に改正され、強制手術などの条文は削除された。

 国の統計によると、旧法に基づく不妊手術は全国で約2万5千件。2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件の被告が「障害者は生きていても仕方ない」と、あらわにした「優生思想」を思い起こさせる。日弁連などが実態調査と補償を求めているが、国は「当時は適法だった」と繰り返し、動こうとしない。

 半世紀近くにわたって旧法が社会に残した傷痕は深い。いまだに声を上げることができない人たちも少なくないとみられる。国は過去の誤りをきちんと総括し、速やかに実態把握を進めるとともに、救済の仕組みを整えるべきだ。うやむやにすることは許されない。

 旧法は不妊手術を「優生手術」と呼び、本人や家族の同意を得なくても、医師の診断と都道府県に設けられた優生保護委員会による審査を経て行うと規定。当時の厚生省は53年に「審査を要件とする優生手術は本人の意思に反しても行うことができる」「やむを得ない場合、身体の拘束や、だますなどの手段を用いることも許される」との次官通達を出している。

 旧法下の不妊手術の6割以上を占める約1万6500件は同意なしだった。疾患によっては同意が要件になる場合もあったが、実態は強制に近かったといわれている。

 訴えによると、女性は72年、強制的な手術の対象となる遺伝性の重い知的障害と診断され、不妊手術を施された。事前に医師から手術の説明はなかった。その後、腹部に痛みを覚え入院。悪性ののう腫が見つかり、右卵巣を摘出した。このため縁談も破談になった。

 かつて同様の法律によって不妊手術を実施したスウェーデンやドイツは90年代後半から国が実態を調査して被害者に謝罪し、法整備を経て補償もしている。日本でも00年前後から対応を求める声が強まり、国会で補償問題などが取り上げられたが、国の動きは鈍い。

 ハンセン病患者の隔離政策を違憲とし、国に賠償を命じた01年の熊本地裁判決は、隔離規定の改廃を怠った国の責任を厳しく指摘。患者夫婦の施設入居に際し、半ば強制されていた不妊手術について「非人道的取り扱い」と批判した。当時の小泉純一郎首相は控訴断念を決め、謝罪。判決の翌月にはハンセン病補償金支給法が施行された。

 今度はハンセン病患者も含め、優生手術の「被害者」全体と向き合う必要がある。各自治体で「優生手術台帳」などの資料が廃棄されたり、証言をできる家族が亡くなったりしており、対応を急がなければならない。差別と偏見の土壌をはびこらせないためである。(共同通信・堤秀司)

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