「この季節に雪が降ると、55年前のことを思い出す」。佐賀市富士町の中村昭(あき)代(よ)さん(91)は、そう言って遠くを見やった◆昭和38年当時、夫の冨(ふ)可男(かお)さんは北山小の先生。来る日も来る日もまた雪―。佐賀郡富士村は佐賀地方気象台始まって以来の豪雪に見舞われた。1月26日、中村先生は下校を心配し、子どもたち15人を送り届けた後、行方不明になった。91時間後、深い雪の中から見つかり、帰らぬ人に◆雪で登校できなかった子どもたちの様子を見にいく途中だったという。「先生、ごぶじで」。黒板に書き祈っていた子どもたちの願いも届かなかった。享年41。中村先生が運ばれて来た時、昭代さんは羽織っていた上着を「寒かったろう」とそっと掛けた。捜索隊員の目からも涙があふれる。「家の布団に寝かせ、生き返らないかと懸命に体をさすったのを覚えてます」と昭代さん◆村人から「冨可ちゃん先生」と慕われ、教え子思いで責任感の強かった中村先生。殉職の悲しみを忘れまいと、小中一貫校北山校は毎年、「しのぶ会」を開く。今年も昨日あり、北川正行校長が命の貴さ、自然の怖さを子どもたちに語りかけた◆中村先生の長男、無(む)津(つ)呂(ろ)又(また)浩(ひろ)さん(62)は父の跡を追い教職の道を歩んだ。「自分と周りの命を大切にしてほしい」。昭代さんともども、今も思うことである。(章)

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