産業技術総合研究所=鳥栖市

 昭和59(1984)年、久留米・鳥栖テクノポリスが国の指定を受けたときは地域の人たちと共に喜び興奮した。

 テクノポリスとは先端産業集積都市のことという。国の九州工業技術試験所(現・産業技術総合研究所)=絵=が鳥栖にあることが有利に働いたと思われる。

 その前年、アメリカ・テクノポリス視察団の募集があり、私は私費で参加した。当時の久留米市長を団長とする一行40人であった。シカゴでテクノポリスの実情を聞き、ノースカロライナ州のリサーチトライアングルパークとシリコンバレーを視察した。アメリカでも成功例はあまり多くないようだった。

 いずれも産学官の連携が成功の鍵であり歴史を重ねて実現していた。鳥栖にこんな都市が実現するかと想像し興奮した。テクノポリスの夢を見た。(絵・文=水田哲夫・鳥栖市本町)

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