酒造りの湯煙が上がる酒蔵=有田町大木宿の松尾酒造場

 有田・大山の酒蔵に今年も肥前町から蔵人たちが来て酒を造っている。この冬は他地区からも新進気鋭の新人が加わった。今朝も酒造りの湯煙が天空を指して上がっている。有田の人々にとって150年以上続いてきた冬の風物詩である。

 凛(りん)と冷えた蔵の中には初搾りのふくいくとした香りが漂う。今年の酒は香りが良く、滑らかでまろやかだ。今までと少し変化している。それを確かめると蔵人の士気が一段と高まった。

 大寒に合わせて仕込む大吟醸は鑑評会やコンクールに出品する酒で、一番苦労するのが麹(こうじ)造りだ。蔵元から夜食が用意され、杜氏と麹師はそれをいただきながら寝ずの番で麹を見守る。

 筑後の名酒蔵元は「うちの杜氏は吟醸造りになると、頬はこけ、げっそり痩せて青白く、ふらつきながら報告に来る」と言う。「何とかうまくいきました。このあとも頑張ります」と。

 理想の一献を醸すため命を削るように取り組む姿は、映画「一献の系譜」に登場する能登杜氏四天王と少しも変わらない。

 肥前杜氏にも名杜氏がいて、麹造りの話をしたことがある。一つの箱で一斗分を造る「箱麹法」の私が「1時間は眠れますよね」と言うと、10分の1の一升分しか入らない「蓋(ふた)麹法」の先輩は「15分しか眠れない」。そうなると横になって眠ることはできない。

 麹はほっておくと温度が上がるため、コントロールが必要だが、機械による通風管理では温度が上がり下がりするのを避けられない。寝ずの番をして管理すれば一定温度に保たれる。この違いが繊細で究極ともいえる酒の味になって現れる。私も杜氏になりたての頃は1週間徹夜をしていた。

 これからの人たちは、この技術を継承してくれるだろうか。麹菌と酵母菌という微生物を扱う酒造りはまことに原始的なのである。(井上満)

 

 いのうえ・みつる 1951年生まれ。「肥前杜氏」として半世紀にわたり酒造りに携わる。現在、有田町・松尾酒造場(宮の松)に勤務。九州酒造杜氏組合長。唐津市肥前町納所。

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