勝木商店筋向かいには商売繁盛の大黒さまがまつられている

銅板をはめ込んだ防火戸が重厚な雰囲気を醸し出す

 材木町は、佐賀城の東で南北に流れる川の西側。水運を利用し、遠くは日田方面から材木が運ばれてきたと言われています。

 嘉永7(1854)年の竈(かまど)帳(世帯調べ)によると竈数は290で、佐賀の町人町の中で最も大きく、職業別では大工15竈、木挽(こびき)5竈、畳屋4竈など、材木に関係ある職業が多く見られます。ほかにも米屋10竈、豆腐屋5竈、うどん屋など、町人町として人口も当然ながらほかの町と比較して多く、旧家では野中家が漢方秘伝薬の製造など今日でも続いています。

 ちなみに身分構成は町人が108竈で全体の38%を占め、ほかに手明鑓(てあきやり)、徒士(かち)、足軽などの下級武士が多く居を構えていました。

 勝木商店の建物は18世紀中期に建てられたと言われています。構造は入母屋造りで屋根は桟瓦葺(さんがわらぶき)、土蔵造りの2階屋で、通りに面した1階の窓は格子であったと推定されます。2階には銅板の防火戸をはめ込むなど典型的な町屋造りで、内部は表より裏まで通り土間が続いています。

 その土間には、かつて商売を営んでいた頃の商標の看板が当時の繁栄を物語っているかのように掲げられていました。外観は、屋根瓦と白壁が町屋の構成美を描き出し、町屋建築が今日消滅しつつある中で歴史的証拠として、その役割を担っていくことが期待されます。

 2004年の第8回佐賀市景観賞を受賞しています。

このエントリーをはてなブックマークに追加