21日に投開票される嬉野市長選は新人の三つどもえとなっている。候補者は、産業振興や新幹線を生かしたまちづくり、少子高齢化対策などで論戦を繰り広げている。候補者の人となりや嬉野の活性化にかける思いを紹介する。

岸川美好氏(69) 64年、東京パラ陸上で金

 出馬を決めたのは告示直前だが、年々活気を失う嬉野を憂い、首長への思いは20年前から抱いてきた。観光振興を最重要課題に掲げ、「自ら広告塔となり、歌を通じて嬉野を全国にPRする」と宣言する。

 視覚は「明るさを感じる程度」。「ポジティブ」と自覚する性格の通り、全ての都道府県知事に会い盲導犬対応を啓発したり、ちんどん隊を組み韓国でも嬉野をPRしたりと、活発な活動を重ねてきた。

 福岡の鍼灸(しんきゅう)専門学校で嬉野出身の妻と出会い、婿養子に。義父から継いだ小さな鍼灸院は30人の従業員を抱える規模に育て上げた。その経営手腕は市長職への自信にもつながる。

 1964年の東京パラリンピックで陸上男子100メートル(国内選手部門)の金メダルに輝いた過去もあり、自己ベストは11秒8。99年には嬉野町のPR曲を作詞し、翌年は歌手としてCDデビュー。これまで約60曲を作詞し、世に出した。

 市長業務には、音声ワープロや職員の支えを受けながら当たる考え。むしろ自分が市長になれば「障害者にやさしいまちと観光PRできる。生きざまを通して勇気も与えられたら」と意欲に変える。嬉野町下宿。

 

村上大祐氏(35)将棋アマ二段 趣味料理

 佐賀新聞の記者として11年半、経済や農林水産、大学などを担当。2009年から4年半取材に当たった嬉野市で、在任中に家を建てた。強みは「記者として鍛えたフットワークと若さ」。政策にも仕事で得た知識と発想をちりばめた。

 5歳と3歳の子をもち、仕事盛りでの転身。当初は記者職への名残惜しさや葛藤もあったが、「人々や風景、歴史にほれ込んだ嬉野が衰退するのは忍びない。全ての子どもたちにとっていつまでも誇れるまちにする」と吹っ切った。

 「弱者の立場に立つのが政治」として、福祉を重んじる現職の基本姿勢を継承する考え。ただ「後継候補」との風評は否定する。改善すべき点に「攻めの企業誘致」やスピード感、情報発信力などを挙げる。

 九州大では政治思想を学んだ。政治学者マックス・ウェーバー著『職業としての政治』から、「それでもなお」と言える信念の固さを政治家の素質とみる。

 将棋はアマ二段。今は打つ時間もないが「選挙後に1局、という誘いもある」。料理も趣味に挙げ、酒は日本酒を好む。「最近は市内を歩き回り、腹回りがすっきりしてきた」と笑う。塩田町馬場下。

 

藤山勝済氏(67)ヨット外洋レース出場

 小差で現職に敗れた前回市長選。すぐに「もう一度市民に話を聞くことから勉強し直す決心をした」。温泉街の空き店舗を減らそうと、自ら子供服のアウトレット店を開いたほか、グラウンドゴルフや高齢者の生活支援など活動の場も広げ、4年間着実に浸透してきた。

 祖父は嬉野出身で、宮崎など4県の知事や厚生大臣も務めた元衆院議員・相川勝六氏。自身は三井不動産で日本初のアウトレットモール開発に携わった。独立後も静岡空港ビル増床リニューアル計画といった仕事をもち、「各地での経験と知識が一番の強み」。

 まちが抱える高齢化や税収減などの課題に、経済の面から挑む。「介護保険サービスも一部は市町の事業になった。人口増の時代からは市町のありようも変わらなければ」と、自主財源確保のアイデアを並べる。

 40年来の趣味はヨット。主戦場は外洋レースで、ハワイやサンフランシスコに滞在して大会に出たことも。「10人前後で息を合わせる究極の団体競技」と妙味を語る。仕事上の組織でも「数百人規模だと人に任せる部分も必要。案を出し合い解決策を探す」という心得がある。嬉野町下野。

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