自分で考えて練習するよう指導する小柴健二さん=鳥栖工高レスリング場

 ポップな曲が流れている練習場。マット上で組み合う選手の動きを鋭い目つきで追っていた。

 群馬県出身。運動に自信がなく、運動会の徒競走では3着内に入れない子どもだった。が、高校レスリングで強豪だった父の勧めで小4から競技を始めると一変。頭角を現していく。

 中学で全国4位、インタハイで2位に。が、目標の「全国優勝」には一歩届かない。高3のとき日体大の練習に参加して目が覚めた。「練習量は一番と自負していたが、まだまだだなあと痛感しました」

 そして日本を代表する選手に成長した。しかし、アトランタ、シドニー五輪の出場選手を決める最終選考会では、2度とも決勝で敗れ、涙をのんだ。その後、佐賀県教委の特別選考に応募し2001年4月から教員の道を歩んでいる。

 佐賀で「五輪メダリストを育てる」新たな夢を追っている。子ども3人もレスリングを学び、長男亮太さん(18)は昨年10月の国体グレコローマン60キロ級でついに頂点に立った。

 その亮太さんは「東京五輪は届かなくても、次のパリには必ず出たい」。今春、父と同じ日体大へ進学、父が果たせなかった五輪出場を目指す。

 

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