世に健康法は数あれど、かの大隈重信が実践していたと聞けば気にもなる。2度目の首相を引き受けたのは76歳から78歳にかけてというから、健康管理には人一倍うるさかったようだ◆大隈流「長寿法五カ条」は、怒るな▽愚痴をこぼすな▽過去を顧みるな▽望みを将来に置け▽人のために善をなせ―。特に最後の「人のために」が、大隈の生きざまであり、自らのパワーになっていたのだろう◆小城市出身のジャーナリスト吉村久夫さんは著書『歴史を創った人たち』(佐賀新聞社)で、晩年と若いころで大隈の人柄はがらりと変わったと指摘する。晩年は「大らかで、好奇心旺盛で、おしゃべりの好きなおじいさん」。若い時は「いつも抜き身の刀をぶら下げて、肩を怒らせて歩いているような若者」◆そんな若者を変えた手紙がある。親交があった薩摩藩士、五代友厚がしたためた「五カ条の忠告」である。要約すると、愚説愚論だろうと最後まで人の話は聞け、手柄は部下に譲れ、などで、折に触れて五代は「五カ条は守っているかと注意をうながしたといいます。大隈も反省するところがあったのでしょう」と吉村さん◆常に「人のために」と心掛けるようになった晩年の大隈の元には、国内外から来客が絶えず、東京の大隈邸は「世界の居間」と呼ばれた。きょう1月10日は、83年の人生を存分に生きた大隈の命日である。(史)

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