江戸中期に、長崎の出島付き医師として来日したドイツ人のケンペルは、見聞記『日本誌』を残した。オランダ商館長について2度、江戸に赴く◆2度目の1692年は諫早で佐賀藩の船に乗り、竹崎(太良町)を経て、柳川に上陸。船中、藩から大層(たいそう)な酒食のもてなしを受けたとある。その時、何を食べたのか記されていないのが残念だが、日本滞在中に見た動植物を書きとめ、有明海の二枚貝タイラギにも触れている◆「長い扁(ひら)たい大きな貝で、幅は後が広く、殻頂に向かって狭くなっており、その肉は貝柱によって殻の内側に固着する。最上のものは有馬湾に棲息(せいそく)しており、時折真珠を抱いていることがある」。観察眼が鋭い。有明海(有馬湾)産が最高級と言っているので、きっと食べて舌鼓を打ったに違いない◆タイラギは近年、不漁が続く。そこで佐賀県は新年度から復活事業に取り組むという。人の手で卵を育て稚貝にし、それを天敵の害を防いだ漁場にまく。大きくして産卵、自然繁殖させ再生産のサイクルをつくる◆このやり方はアゲマキで実績があり、沿岸4県で力を合わせるのも心強い。タイラギの貝柱は甘みがあり、刺し身にしてよし、炙(あぶ)りでもまたよし。「前海(まえうみ)」のものは、もう随分ご無沙汰である。食卓に上れば宝の海復活の道も見えそうだ。その日が待ち遠しい。(章)

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