石見銀山ガイドの会 島根県大田市

山陰中央新報社

 「最盛期は山の上に一大鉱山都市があり、一帯に20万人が暮らしていたといいます」。石見銀山遺跡(島根県大田市)の中核地域にある山あいの町・大森町の山林に、石見銀山ガイドの会会員、渡辺信雄さん(72)の声が響く。耳を傾けたのは首都圏からのツアー客12人。人口400人ほどの静かな山里となった姿からは想像がつきにくい、江戸期の繁栄に思いをはせた。

知識と工夫で想像力刺激

石見銀山遺跡の町並みを見学する人たち。ガイド(左から2人目)の案内に聞き入った=2017年11月、大田市大森町

 ガイドの会は世界遺産登録の7年前、2000年に市民有志が立ち上げた。当初はボランティアだったが、責任を持って運営するため06年に有償化した。

 現在の会員数は71人、平均年齢71歳。教員や警察官のOB、自営業者など職歴は幅広い。案内した人数は50万人を超えた。銀山観光には欠かせない存在だ。

 渡辺さんは元タクシー運転手。この日は銀を掘った坑道の龍源寺(りゅう

 

げんじ)間歩(まぶ)や「鉱山の神」をまつる佐毘売山(さひめやま)神社、代官所跡がある町並みを歩いた。約5キロ、2時間の道中、往時の姿をイラストにした手作りの資料も使う熱の入れようだった。

 遺跡の登録範囲は529ヘクタールと広大。採掘地だけではなく、銀の搬出港や輸送路なども含まれる。同じ世界遺産の原爆ドーム(広島市)のように、特性が一目で理解できる施設もなく、かねて「一見して価値が分かりにくい」という声が観光客らから上がってきた。

 それだけに、ガイドには知識と工夫が求められる。ガイドになる前に最低でも半年間、計20回以上の座学と実地研修を受講。なってからも専門家の講演会などに参加して各自で知識を磨くのはもちろん、話し方や資料をはじめ、分かりやすく伝えるノウハウを毎月1回の例会で共有して、技術の向上に励んでいる。

 世界遺産登録から10年。ピークの08年に81万3千人を数えた入り込み客数は、16年に31万4千人にまで減った。「数から質へ」。大田市では、滞在時間や観光消費額に重きを置く関係者が少なくない。ガイドの会への期待は一段と高まる。

 「訪れた人の想像力を刺激するような解説を追求する」と安立聖会長(71)。かつて石見銀は世界中で輝きを放った。「宝」を受け継いだ誇りを胸に腕を磨き、輝きを次代に伝えていく。(山陰中央新報社大田支局・錦織拓郎)

公開坑道・龍源寺間歩の近くを案内する渡辺信雄さん(先頭)=大田市大森町

 

 ■世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」

 2007年7月、国内で14件目、産業遺産としてはアジアで初めて世界遺産に登録された。17世紀前半の全盛期には年間約38トンの銀を産出していたと推定され、世界の産出銀の3分の1を占めた日本銀のかなりの部分を占めるなど、世界経済に大きな影響を与えた。環境保護に配慮し、人と自然が共生しながら銀生産を行った点も評価された。

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