明治改元から150年となる2018年が幕を開けた。かつて佐賀藩は「薩長土肥」の一角として、「近代化の一里塚」となる明治維新を主導した。当時と、混迷を深める現代を重ね、先人の歩みを振り返ることで私たちの処し方が見えてくるかもしれない。歴史を題材に創作を続ける作家の北方謙三さん(70)=唐津市出身=と、人気漫画「キングダム」を手がけている漫画家の原泰久さん(42)=三養基郡基山町出身=に、幕末維新をテーマに対談してもらった。時代の潮流を的確に見極め、次代への布石を打つ-。対談の向こうには、そうして冷静に振る舞う先人たちの姿が浮かんでくる。(進行役・富吉賢太郎編集主幹)

■北方さん「維新以前に技術立国」/原さん「佐賀の先進性に驚き」

 -幕末維新といえば「激動の時代」という言葉が浮かぶ。250年以上も続いた政権が揺らぎ、「憂国」「救国」の士が理想の国家像に向けて疾走した。そんな熱量あふれる時代は2人の目にどう映るのか。

北方謙三さん

 北方 その激動期に、肥前(佐賀)がどれくらい関わっていたかといえば、あまり関わっていなかった。佐賀藩の藩政が一時破綻していたためです。それを10代藩主鍋島直正が藩政改革をし、財政状態を良くして殖産興業を進めた。他の藩はやっと鉄砲を輸入しようかという時に、自分たちで鉄を作ったり、銃を作ったりした。直正は薩摩藩の島津斉彬と親戚で、持っていた技術を斉彬に渡したといいます。あの開明的な斉彬に渡したというくらい、佐賀藩は先進的な技術立国でした。日本で一番だったのではないかと思えるぐらいです。ただそれを倒幕に使ったわけでもない。

 佐賀藩が倒幕に完全に動いたのは、上野の彰義隊との戦いの時。激戦でしたが、佐賀藩が自分たちで造った武器を持ってきて圧倒的に勝ってしまう。上野以北の戦争は佐賀の武器、軍事技術が戦果に大きく影響を及ぼしたと思います。

原泰久さん

  僕は日本の最後の内戦時代として興味があります。幕末は「歴史もの」と「現代」のはざまのイメージ。倒幕側の志士はちょんまげをしておらず、イメージは現代人。その志士たちが、ちょんまげをした幕府側を倒し、今につながる。関ヶ原や徳川幕府などは「歴史もの」と捉えますが、幕末維新は現代に近い出来事と感じます。幕末に関して一般的な知識があると思っていましたが、対談のお話をいただいて佐賀について調べると、藩で鉄製大砲を造っていたという先進性には驚きました。

 -維新前夜、政治の表舞台で華々しい動きを見せなかった佐賀藩は、薩摩や長州に比べて印象が薄くなりがちだ。

 北方 船も蒸気船も大体輸入していたんですが、佐賀藩では船も大砲も造っていた。佐賀藩は明治維新以後になされたことを、明治維新以前にやっていたんです。それが維新になってから生きた。なぜ「薩長土肥」の最後に肥前が名を連ねたか。これは、後に新政府を支える官僚が多くいたからでしょう。事務官僚としての仕事ができる人が佐賀藩には豊富にいたんです。

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