2018年が明けた。これまでの国際秩序や価値観が溶けだしていくような、危うい時代の入り口に差し掛かったという予感がある。

 「米国第一」を掲げたトランプ大統領誕生に端を発した混乱は世界各地に飛び火し、挑発を続ける北朝鮮と相まって緊迫の度合いは高まるばかりだ。

 もうひとつの大国・中国は「一帯一路」のスローガンの下、覇権主義を推し進めようとしている。ロシアもまた、今年の大統領選でプーチン氏の再選が確実で、強硬路線はとどまるところを知らない。

 いずれも「自国第一」の色彩を強めるばかりで、新たな世界秩序を打ち立てようとするリーダーは見当たらない。

 では、日本はどうだろうか。

 今年は「明治維新」から数えて150年に当たる。鎖国状態だった日本の眠りを覚ましたのは黒船来航だったが、黒船からさかのぼること45年、真っ先に外圧にさらされたのが佐賀藩だった。藩が警備を担当していた長崎港へのイギリス船の侵入を防げなかった「フェートン号」事件である。

 圧倒的な軍事力の差を見せつけられた佐賀藩は、これを機に近代化を図る。その成果が、アームストロング砲に代表される先進的な軍事力であり、明治新政府の中核を担うことになる人材だった。

 司馬遼太郎は『歴史を紀行する』で、三重津海軍所などを挙げて「この時期、佐賀藩はスエズ以東におけるもっとも先取的な国家といえるだろう」と高く評している。過酷なまでの教育制度にふれて「明治の日本は、こういう佐賀人の血汗の上に多くの基礎を置いている」と指摘している。

 つまり、教育の力で危機を乗り越えたわけだ。教育の力が、しなやかな対応力を生み出したと言っていい。

 そして今、国際情勢は緊迫の度を増し、国内では世界でも例がない超高齢社会が進む。このまま社会保障システムを維持できるかなど、さまざまな難題が横たわる。その解決策として、AI(人工知能)に代表される新たなテクノロジーが注目を浴びるが、これにしてもいかに優秀な人材を育成できるにかかっている。

 今年は2月から韓国で冬のオリンピック・パラリンピックが、6月からロシアでサッカー・ワールドカップが開かれる。東京五輪に向けて、ナショナリズムが高まる場面もあろう。

 世界に広がる「自国第一」主義もまた、ナショナリズムの噴出に違いないが、通信網や交通網が劇的に発展してグローバル化したこの世界で、国境に壁を作り、外国人を排除するような施策は有害なだけだ。むしろ、いかに国際社会が手を携えるか、日本政府にはそのけん引役であってもらいたい。

 日本においては今年、憲法改正論議がいよいよ本格化していく。安倍首相の性急な姿勢が目立つが、この国の在り方を根本から変えるテーマではあり、期限ありきで進めるやり方はなじまない。先人が明治の国難をしなやかな対応力で乗り切ったように、憲法論議にもまた、このしなやかさが欠かせないのではないか。

 明治維新150年、この2018年を、古きをたずねて新しきを知る、「温故知新」の年としたい。(古賀史生)

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