文豪・夏目漱石(なつめそうせき)の名を知らない日本人は少ないだろう。その声名はますます高くなるばかりで、没後100年になる。1916(大正5)年12月9日に亡くなった◆彼が実はサラリーマンだったと聞くと、意外に思う人も多かろう。英語教師をしながらのアマチュア作家から始まり、後に東京朝日新聞社員として死ぬまで専属で書き続けた。入社に尽力したのは、武雄市出身のジャーナリストで朝日の初代社会部長を務めた渋川玄耳(しぶかわげんじ)である。漱石とは俳句を通じた縁があった◆月給は朝日では最高の200円。ライバルの読売が用意したのは60円というから破格だった。ただ親類に頼られ、お金を工面してやったりして貯金はほとんどなかったそうだ。お金はほしかったのだろうが、生涯、借家住まい。「金持ちは嫌いだ」とはっきり言う人だった◆84(昭和59)年から発行された旧千円札の肖像画に選ばれている。『あなたの知らない漱石こばれ話』(長尾剛著)によると、漱石の長女筆子はこう語ったという。「一生、お金儲(もう)けには縁がなかった父でしたから、一万円でも五千円でもない、もっとも一般的に親しまれやすい千円札になったことは、ふさわしいと思います」◆友人や教え子たちの就職や借金などには身を切って尽くした。素顔は堅物などではなく義理人情の人だったのである。(章)

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