「第2回鍋島直正公記念好生館シンポジウム」が12月2日、佐賀市のホテルニューオータニ佐賀で開かれた。第1部では、国際日本文化研究センターの磯田道史准教授が「幕末維新と佐賀藩」と題し講演。第2部では「幕末維新期に佐賀藩が果たした役割、そして好生館のこれからについて」をテーマに、パネルディスカッションが開かれた。磯田さんと公益財団法人鍋島報效会の富田紘次主任学芸員、佐賀県医療センター好生館の中川原章理事長がパネリスト、佐賀新聞社の中尾清一郎社長がコーディネーターを務めた。幕末の佐賀とこれからの佐賀、そして歴史を学ぶ意義を考えたシンポジウムの様子を伝える。

【パネルディスカッション】

 [パネリスト]

 ・磯田道史氏(国際日本文化研究センター准教授)

 ・富田紘次氏(公益財団法人鍋島報效会徴古館主任学芸員)

 ・中川原章氏(佐賀県医療センター好生館理事長)

 [コーディネーター]

 ・中尾清一郎氏(佐賀新聞社社長)

■磯田・佐賀的文化発信が重要

■富田・直正公の哲学医療に直結

■中川原・鳥栖の先進医療連携に期待

 中尾 古賀穀堂や鍋島直正は、なぜ若いうちから革新的なことをできたのか。

 富田 佐賀藩がどんなことをやっているのか他藩の藩主が聞き書きした資料には「衣食を粗末にしてまで民のことを思っておられる」と書いてある。その思いは藩主として当たり前に誰でも抱きそうだが、これを律義に真面目にやっていくというところが佐賀の一つの原動力ではないか。その律義は世間的以上で、「葉隠」にも、「『鍋島律義』と申すよし」という文言があり、他の藩からも頭に鍋島が付くほど特徴的な風潮だと見られていた。当たり前のような徳目をとことん追求する気風が、ベースにあるのでは。

 中尾 古賀穀堂が言う、佐賀人にある代表的な三つの悪徳とは。

 富田 直正公を幼少期から家庭教師役のような形で養育していた穀堂は、直正公が藩主になり2年目に出した書物の一節で佐賀人の気風に触れている。「ねたみ、決断力にとぼしく、負け惜しみを言う」と。

 中尾 佐賀は軍事費にお金を使わずに家老や庭にお金を掛けていたら風光明媚な地になっているが。

 磯田 軍事費に使ったから、観光名所になるような美観はない。佐賀の近代化を誇るのは大事だが、佐賀文化、佐賀料理を目当てに人が来るかといえば、そうではない。佐賀人は大陸文化の影響を受けて書が好きで、煎茶道をつくった人(売茶翁)もいて、掘り起こしてみると(佐賀的文化は)ある。これからは佐賀的文化を発信することが重要。佐賀は窯業とデザインの歴史を持っている。これだけ技術があるので起業家が生まれて産業や雇用をつくっていけばよかったがそうならなかったのは、佐賀に何か欠陥があるから。それが何なのかを考えることが、これからの佐賀を良くしていくきっかけになるかもしれない。

 中尾 佐賀人は真面目で愚直。その精神性は、今日まで受け継がれているか。

 中川原 好生館が183年続いてきたのは、愚直さが根底にあったからでは。佐賀人の三病(ねたみ、決断力にとぼしく、負け惜しみを言う)を穀堂は「これを正すには学問しかない」と言っている。いまだにそれらの風潮は根強くあるが、学問でそれを変えていくことができるのでは。佐賀は上意下達が徹底している県で、知事が「ピロリ菌検査をやる」と言えばその翌年、全国で初めて全ての中学3年生を対象にピロリ菌検査が行われた。これを生かしていけば何か佐賀として動くんじゃないか。

 磯田 佐賀人は合理的。理にかなったことだと、すっとやる。上意下達も、自分で決めて外れたことをやるよりは、従うことのほうが得意なのかも。佐賀人は統率が取れたことが好き。ねたむ性質も、自分より上か下か統一のものさしで物事を捉えやすいからでは。医療分野では、病気になった人間の心配解消に向き合ってほしい。

 中川原 治療を受ける前と後、治療して助かった後も、がん患者はいろんな問題を抱えている。緩和ケアの問題もある。そういったフォローの面で、よそに比べて好生館は先を行っていると思う。これをさらに発展させて、大学などとも組んでやっていきたい。

 富田 直正公は強いメッセージを出すときに「市民みんなが安心して暮らせる佐賀藩にしたい、それが最終的な願い」と締める。根本の哲学だと思う。

 磯田 行政、医療、学問の全ての究極の目標は心の安心感の創出。そこをちゃんと押さえていたのが佐賀藩のすごさ。先のことを考え想定を基に手を打っていくことが、佐賀は得意だった。ひょっとしたら再びできるかもしれない。

 中川原 鳥栖市には量子化学を使った最先端のがん治療施設サガハイマット、中性子を研究する産業技術総合研究所、九州シンクロトロン光研究センターが半径2キロ以内にある。それを連携させて、何か新しいものをつくる話が出ている。精錬方と同じような構図が芽を吹くと思う。

 磯田 ものづくりも大事だが、これからは自然や風景を保護することが価値を生み出す経済になりうる。これまでと違う形の経済が現れるかもしれない、そういう目配りも大事。

 富田 佐賀は江戸時代のままで残っている道路や水路も少なくない。直正公の哲学「安心して暮らせる佐賀」は最先端の医療であり、佐賀の自然でもある。

 中尾 磯田先生、佐賀人へのメッセージを。

 磯田 これからは、みんなと同じことやっていると難しい。これまでの佐賀の成功パターンとは違うものが要求されるかもしれない。明治維新期の輝かしい功績の理由をちゃんと考えて、どれを学び、どれを学ばないのか、見極めながら歴史を見ていくことが大事。

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