箱館戦争の舞台になった五稜郭=北海道函館市

 東北諸藩が新政府に従ったことで、戊辰戦争は終結したかに見えた。しかし、薩摩や長州を軸とした新政府に対する旧幕臣の反発は根強かった。徳川家は処分を受けて領地を駿府に移され、石高も10分の1の70万石に減らされる。これでは、家臣団を召し抱えるのは難しい。旧幕府軍の一部は新政府軍との戦闘を覚悟しつつ、広大な蝦夷地(現在の北海道)の開拓に活路を見いだそうとした。

2010年に復元された箱館奉行所。五稜郭は奉行所の防御施設として築造された=北海道函館市

 慶応4(1868)年8月中旬、軍艦8隻が品川沖を出航した。乗船していたのは海軍副総裁榎本武揚率いる旧幕府軍2千人余り。いわば脱走行為だった。
 艦隊が向かった先は奥羽越列藩同盟の盟主、仙台藩。新政府軍と交戦していた同盟から再三救済を求められていた榎本は、陸軍総裁の勝海舟らの反対を押し切る形で行動を起こした。
 ただ、このころ形勢はすでに新政府軍に傾いていた。会津や庄内藩などが次々に降伏し、脱走軍は10月に蝦夷地に渡る。
 この中には、かつて唐津藩主名代を務めた元老中、小笠原長行(ながみち)と、彼に従う唐津藩士24人も含まれていた。藩士は土方歳三が率いる新選組に組み入れられた。「朝敵」とみなされ、江戸から脱出していた長行は、列藩同盟に参謀として参加し、上野戦争で敗れた唐津藩士と会津藩で合流していた。
 蝦夷地に入った脱走軍は実戦経験が乏しい現地の新政府軍を圧倒し、上陸から6日後に無人の五稜郭を占拠。日本海側にある松前藩の福山城も一気に攻略し、12月に榎本を総裁とする指導体制を発足させた。

脱走軍が抗戦した弁天台場(函館市中央図書館所蔵)

 「徳川家の家臣のため、蝦夷地開拓を請い求める」。榎本はこう主張している。函館市立函館博物館の学芸員保科智治さん(50)は「新政府に従いつつ開拓や防衛を行う。いわば『徳川藩』をつくり、主君を迎えようとしていたのではないか」と推測する。
 独立国家を目指したわけではなかったが、不満がくすぶる他の旧幕臣を刺激しかねず、新政府にとっては見過ごせない存在だった。
 明治2(1869)年4月、蝦夷地に上陸した新政府軍は海上からの援護射撃も得て福山城を奪い返し、箱館に迫った。新政府軍の兵力1万に対して脱走軍は3千。弾薬の補給もままならなかった。こうした中、徳川家の家督を継いだ家達が「脱走軍とは無関係」と表明し、榎本らは主君にも見放された格好になる。
 5月11日、新政府軍による箱館総攻撃が始まった。陸軍は北から攻め込み、海軍は南の箱館港から砲撃を加えた。さらに奇襲部隊が海から上陸して市街地を制圧。すると、踏みとどまっていた弁天台場の兵も降伏し、18日に五稜郭を明け渡した。脱走軍による支配は5カ月で幕を閉じた。
 この戦いで土方歳三が戦死した。長行のおいに当たる小笠原胖(はん)之助は新選組の一員として戦い、17歳で命を落とした。生き延びた唐津藩士は弁天台場で降伏した。
 長行は五稜郭には入らず、従者とともに民家で暮らしていたが、新政府軍が迫った4月末に船でひそかに箱館を脱出し、江戸に隠れ住んだ。その後、新政府に赦免され、明治24(1891)年に死去している。
 新政府は戊辰戦争での勝利によって、天皇を中心とする政権基盤を確立した。
 戦いの過程では、新政府軍が諸藩に洋式軍制への改革を要求し、切り替えが急ピッチで進んだ。東京大学史料編纂所の保谷徹教授は著書『戊辰戦争』の中で、この戦いは火縄銃や弓、やりを用いてきた戦争の概念を一変させ「特殊な鍛錬を必要とする戦闘身分としての武士の時代をも終わらせようとしていた」と記す。
 戦争終結から間もない明治2年6月には、諸大名が土地と領民を天皇に返還する「版籍奉還」が行われ、中央集権化が加速する。

佐賀藩士も海戦に

 箱館戦争には佐賀藩士も新政府軍の一員として参戦している。軍艦の陽春や延年、朝陽に乗り込み、5月11日の箱館総攻撃にも加わった。
 中牟田倉之助が艦長を務めた朝陽は、未明から脱走軍の軍艦と激しい砲撃戦を繰り広げたが、火薬庫に被弾して沈没し、多くの乗組員が命を落とした。
 重傷を負った中牟田は、海戦の行方を監視していた英国の軍艦が送ったボートに救助されている。『中牟田倉之助伝』は「不意の衝動を受けて艦橋からはね飛ばされ、甲板の上に墜落した」と沈没時の様子を記している。
 一命をとりとめた中牟田は後に新政府で海軍創設に携わり、海軍中将や海軍軍令部長などを務めた。
【年表】
慶応4年 8月(1868) 榎本武揚率いる旧幕府軍が脱走
明治元年 10月(1868) 脱走軍が蝦夷地上陸
     12月  榎本を総裁とする指導体制発足
明治2年 4月(1869) 新政府軍が蝦夷地上陸
     5月 新政府軍が箱館総攻撃
        脱走軍が五稜郭を明け渡す

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