高さ15メートル超の特大サイズ

唐津市の宝満神社 県外からも見物客

高さ約15・5メートルある大門松。間に立つ山浦さんの何倍もある=唐津市宇木の宝満神社

 高さ15メートルを超す大門松2つが、唐津市宇木の宝満神社に飾られている。新年に向けて地域住民が製作し、見物客が県外からも訪れている。

 大門松は、地域住民でつくる「宇木うき村おこし会」が中心となり、延べ100人が2日かけて作った。計48本の竹を使っている。土台は直径約3・5メートルあり、根元に葉ボタンを敷き詰めている。地域おこしの一環として取り組んでおり、飾るのは今年で14回目。

 同会の山浦敏一(やまうらとしかず)さん(69)によると、最初は9メートルほどだったが徐々に高くなったという。「日本、いや世界で一番高いかもしれん」と胸を張る。

 もとは、縁起のいい名前から宝くじ購入者がよく訪れていた同神社。今は門松を見に、福岡や長崎、東京から見物客がやってくる。山浦さんは「ネットで全国に広がっているよう。遠くから来る人もいてうれしい」と笑う。

 門松は2月4日の午前中まで飾る。元旦から3日は、神社で甘酒やぜんざいの振る舞い、タイや米が当たる福引を催す。

 

小学生由来学び製作 偉人の顕彰と和文化継承

竹やナンテンなどを並べ、門松をつくった子どもたち=唐津市南城内の旧大島邸

 唐津市南城内の旧大島邸で26日、市内の小学生15人がミニ門松づくりを体験し、竹の先を斜めにそぎ落とした「そぎ」型の門松の由来も学んだ。唐津市の明治維新150年記念事業「耐恒寮(たいこうりょう)講座」の第1弾で開いた。

 講座は本年度中に計5回あり、郷土の偉人の顕彰と和文化の継承を目的としている。参加者は旧大島邸の門前で市内の造園業者による門松づくりを見学し、唐津の近代化に貢献した大島小太郎の紙芝居を見た。

 門松の由来では市文化振興課の草場誠司係長(47)が、徳川家康が武田信玄に敗れた「三方ヶ原の戦い」の逸話を紹介した。戦いの後、信玄から新年のあいさつで送られた句に家康が怒り、門松を斜めに切ったことがそぎ型の始めとの説があり、それから徳川家にかかわる親藩大名や唐津藩のような譜代大名を通じて広まったとされる。

 最後に門松の製作に挑戦。大志小3年の古賀和花子さんは「また作ってみたい」と笑顔。妹の桃子さんも参加し、2人で一対になる門松を玄関に飾るという。

 2回目の講座は、来年1月13日午前10時半から旧大島邸で「唐津藩と明治維新-函館新撰組を中心に」と題した講演がある。先着50人。問い合わせは旧大島邸、電話0955(73)0423。

 

三田川児童館で真剣に飾り付け 町内の児童や保護者

懸命に門松の飾り付けをする子どもたち=吉野ヶ里町の三田川児童館

 吉野ヶ里町の三田川児童館(石橋加代子館長)で26日、門松作りがあった。町内から約40人の児童や保護者が参加。子どもたちは真剣な表情で飾り付け、個性あふれる門松を完成させた。

 北山森クラブ(佐賀市富士町)から招いた講師が「無患子(むくろじ)は子どもが病気にならないようにという願いが込められている」「竹は成長が早く、生命力の象徴」と装飾品の意味などを説明。子どもたちは思い思いに飾り付け、綿やドングリを使って来年の干支(えと)「戌(いぬ)」もかわいらしくあしらった。

 三田川小1年の堤和奏ちゃん(7)は「門松は初めて作ったけど、難しくなかった。ドングリで犬を作ったのが楽しかったよ」と笑顔だった。

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