移築後の旧大島邸前に建つ「竹内明太郎邸跡」のパネル(右)。隣は市が建てた「旧大島邸と大島小太郎」のパネル=唐津市南城内

 建設・産業機械の大手メーカー「コマツ」(小松製作所)の創業者竹内明太郎(1860-1928年)が36年間住居を構えていた唐津市南城内に説明パネルが建てられた。住居跡に「旧大島邸」が移築されたことから、竹内の足跡を刻もうと、二つの市民グループが共同で設置した。

 竹内は土佐生まれ。父・綱が芳谷炭鉱(北波多)のオーナーで、長男の明太郎が経営を任された。竹内は炭鉱の機械製造部門として「唐津鐵工所」(現唐津プレシジョン)を創業。石川県小松市郊外の銅山も経営し、その機械修理部門に「小松製作所」を設立した。

 竹内が唐津での創設を構想した私立工科大学が、早稲田大学理工学部につながり、「早稲田と唐津」を結ぶ縁の一つになっている。アルミ製のパネルは旧大島邸前に11月に設置。21日に峰達郎市長から関係者に感謝状が贈られた。

 唐津のれん會の大原令光総代(86)は「日本の近代化に貢献した人だが、あまり唐津では知られていない」、まちはミュージアムの会の河内野信恒会長(56)は「竹内は日産自動車の創業にも関わり、弟は首相を務めた吉田茂。そんな人が唐津にいたんだと私も驚いている」と語った。

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