「マナクチヲン」と記された九官鳥(「彩色ジャワ植物図譜」より、監修・山崎剛史山階鳥類研究所自然誌研究室長)

 ショウガ科の草「ヲンヂイ」の辻蘭室自筆オランダ語解説文とその和訳(左)、部分彩色された宇田川榕菴筆の植物画(右)(「彩色ジャワ植物図譜」より、監修・益満まを花園大非常勤講師、永益英敏京大教授)

 西洋人植物学者がインドネシアで描いた植物などの絵を、江戸後期に江戸で活躍した蘭学の第一人者宇田川榕菴(うだがわようあん)(1798~1846年)と京都で独自のオランダ語研究を開拓した蘭学者辻蘭室(つじらんしつ)(1756~1836年)が協力して模写、翻訳した、これまで知られていなかった植物図譜(図鑑)が16日までに見つかった。

 調査グループの松田清京大名誉教授(日本洋学史)は「植民地で発展した西洋の植物学の初期の成果を、蘭学者が受容した過程を示す貴重な史料。江戸蘭学と公家文化の融合という側面も初めて分かった」と話している。

 「彩色ジャワ植物図譜」と名付けられた図譜は縦約31センチ、横約22センチの和とじ本で、ショウガ科の草など植物130図と九官鳥など鳥4図が精密に描かれていた。

 永益英敏京大教授(植物分類学)の研究を基に、ロンドンやパリの自然史博物館に現存するスペイン人植物学者フランシスコ・ノローニャ(1748~88年)の写本などと比較。原本は、ノローニャがジャワ島のボイテンゾルグなどで86年に描いた植物図などであることを突き止めた。

 植物図に付けられたアルファベット表記の筆跡や絵の特徴から、酸素、細胞などの用語を造語したことで知られる蘭学者の榕菴が模写したと判断した。

 17の植物図には、オランダ語の解説文とその和訳があり、益満まを花園大非常勤講師が、京都の公家の久我家に仕えた蘭室の筆跡と鑑定した。

 原本の渡来時期の検討は今後の課題だが、作成された86年以降、長崎の出島から入ったとみられる。

 京都御所の宮中役人を務めた旧家の所蔵品が10月、東京の古書市場に出され、群馬県高崎市の古書店主名雲純一さんが見つけ、研究グループが調査していた。神田外語大(千葉市美浜区)が近く入手し、来年7月以降、研究者らに公開する予定。

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