金原壽秀氏

 小さい頃は炭鉱の町だったのが、閉山して農業の町になった。ただ鉱害で地盤沈下し、好天が続けばたびたび断水した。鉱害復旧に伴う土地改良や生産基盤整備が進み、町が良くなっていくのを目の当たりにしてきた。同級生の石倉秀郷県議会議長とともに、政治の力の大きさを感じてきた。

 二十歳で就農した頃から減反が始まった。水田をブドウ園に変える「水田ブドウ」は江北発祥だ。自分は父が作っていたミカンや養豚をやめ、施設野菜を経て花卉(かき)に至った。

 江北町は人口が減っていない。それはまちづくりの大事な要素だ。いまは農地の流動化が進み、大規模化した基幹農家や集落営農組織が耕作放棄地をつくらず管理している。管理できていれば、農業を知らない人でもいろいろな形で関われる。機械化も進んだとはいえ、その人的資源の強みは大きく、これから生かせるだろう。

 農商工のバランスも取れ、交通アクセスが良く、新しい商圏もできた。意欲ある生産者も多い。いい町だ。(江北町惣領分)

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