りんと冷えた蔵の中、蒸し米を広げて寒気にさらす。蒸し米を締めないと軽くてきれいな酒にならない

 有田・大山の酒蔵にも待ちに待った酒造りの季節がやってきた。12月1日、蔵人が全員そろい蔵入りした。天気予報どおり、2日にはマイナス1度まで下がった。それでも日中は暖かくなり、こういう日を小春日和と言うそうだ。皆さんは「今日は暖かくていいですね」とあいさつされるが、私たちは「暖かくて困りましたね」とあいさつする。

 酒造りは水と米と温度の芸術であり、そのための仕込み蔵の温度は6度が理想とされる。もっと気温のことを言うと、福岡国税局管内と仙台国税局管内の年間平均温度差は7度。この差により、仙台では熟成が遅れるのに福岡では逆に進む。さまざまな要因が日本列島の津々浦々に点在する酒蔵の酒の味を決めている。

 私たちは初めに休憩所や宿舎を整え、次に精米所、釜場、麹(こうじ)室、仕込み蔵を整理整頓し、清掃、殺菌まで慌ただしく済ませる。そして1週間後に米を洗い始める日が製造開始日だ。蔵人は土日祝日の休みもなく、4月の終りに帰省するまで酒蔵にこもって酒造りに精を出す。

 厳寒期の伝統的な酒造りは外気の一番低い時を利用して仕込むので朝も早い。「寒いの、眠いの、くたびれた」などと言ってはおれない。しかも仕事は忙しい中にも細心の注意を要する。

 こうして連綿と受け継がれてきた酒造りは5000年とも言われ、日本人の生活史に華やかな色彩を添えてきた。

 最近では近代科学の目覚ましい発達が酒造りを発酵工業の如(ごと)く変えようとしている。酒は嗜好(しこう)品でもあり、現代人が好む味わいにしなければ売り上げにつながらない。

 肥前杜氏のような伝統の蔵人がいなくなり、社員として年間雇用し、寒造りに集中しない方法になった。他産業と同じような労働条件で働けるようになってきたことで酒蔵を目指す若者が増えている。

 変わるもの、変わらないもの。時代を感じながら、夢に向かう。

 

 いのうえ・みつる 1951年生まれ。「肥前杜氏」として半世紀にわたり酒造りに携わる。現在、有田町・松尾酒造場(宮の松)に勤務。九州酒造杜氏組合長。唐津市肥前町納所。

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