フィナーレで大合唱をする出演者=有田町の焱の博記念堂 

 元亀2(1571)年12月29日深夜、臨月の妻お才(お小夜)と5歳になる子・勝之助を背負い相神浦へ向かった。西の岳を越えて下り坂に差し掛かった頃、お才は急に産気を催した。運よく近くを通り掛った山家の婦人に助けられ、お才は無事に子を生んだが産後の出血が甚だしく帰らぬ人となった。土地の人たちは、お才の死を哀れみ、その霊を弔うためにオサエ峠に小堂を建てた。

 唐船城城主有田五郎盛の謀反を告げるために家老山本右京は、途中産気づいた妻お才と息子を山家の人に預け雪道を宗家飯盛城へと走った。城主松浦丹後守親の下へは一足先にお才の霊がご注進に訪れていたという逸話を元にした、音楽集団AKMアミューズの公演「ミュージカルおさい2017」。今年7月から練習していた幼稚園児から高校生ら約40人が12月2、3日、焱の博記念堂の舞台で熱演した。来年の松浦党有田氏居城・唐船城築城800年記念事業のプレイベントとなった。

 昨年1月に結成された男性合唱団「とうせん・ズ」(団員6人、岩崎理美先生指導)は、シニア世代を中心に毎月第2、第4水曜日に唐船城下・仕掛隊の事務所で練習を続け、夏には居酒屋デビューを果していた。2カ月ほど前に急遽ミュージカルおさい2017への出演が決まりテーマ曲「生まれ来る子どもたちへ」を猛練習した。この日は女性コーラス「ハーモニーグレイス」と共演。訓練された子供たちの熱演に支えられ2回の公演とも来場者に感動を与えることができて光栄だった。(地域リポーター・藤泰治=有田町)

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