「エルサレム」。この地名は時に悲しく響く。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であるこの地を巡って、幾度も争いが起き多くの犠牲を生んできたからだ。中東紛争の源流は旧約聖書の時代まで遡(さかのぼ)り、根は深い◆多くのイスラム教徒が住むパレスチナの地に、ユダヤ人が移り住みイスラエルという「国」を造った。ユダヤ武装勢力がパレスチナ人の追い出しにかかり、最初の難民をつくったのが、1948年のデイル・ヤシーン村虐殺事件だ◆この事件に12歳で遭遇したガッサーン・カナファーニー(1936~72年)。パレスチナ生まれの作家である。事件を材にした小説『悲しいオレンジの実る土地』には、生地を追われる難民の姿が描かれる。逃れる道の両側にオレンジ畑が続く◆〈清らかな大粒のオレンジの実が、ぼく達にとって何かかけがえのないもののように思えた〉。実を手にして人々は嗚咽(おえつ)する。実が、奪われた誇りであり祖国、家族、温かな生活そのものに映ったのだろう。この地に再び火種が放り込まれた。トランプ米大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認定したのである◆パレスチナ人の怒りに火がついて当然だ。紛争が絶えずとも、危ういバランスを保ちながら和平を目指していた彼(か)の地だった。オレンジの実は、もう誰からも取り上げてはならない。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加