佐賀藩が嘉永3(1850)年、警備を担っていた長崎港周辺に新しい台場を造り始めたとき、同時に動き出した計画があった。台場に据える鉄製大砲の製造で、従来の青銅製の大砲に比べると熱に強く、強力な火薬が使用できる。既に鉄製大砲に切り替えていた欧米の軍艦に対抗できると見込んだが、鋳造する技術や設備はなかった。
 鉄は青銅に比べて融点が高く、一度に多くの量を安定的に溶解することは難しかった。鉄製大砲は、それまで国内にあった炉で鋳造するのは不可能で、巨大な反射炉を必要とした。
 反射炉は、燃焼室で発生した熱を炉内の天井などで反射させて溶解室に集め、金属を溶かす仕組み。当時の日本に実用炉は存在せず、伊豆の韮山(にらやま)に代官の江川英龍(ひでたつ)が建造した小型実験炉があるだけだった。

 

 佐賀藩10代藩主鍋島直正は反射炉の建設を決めると、側近の本島藤太夫(とうだゆう)を韮山に派遣したが、成果は乏しかった。反射炉に詳しい佐賀市三重津世界遺産課副課長の前田達男さん(55)は「韮山の実験炉は温度が十分に上がらずに失敗していた。佐賀藩は、独力で実験しながら建設せざるを得なかった」と説明する。
 藩独自の反射炉建設と鉄製大砲の鋳造は、後に「御鋳立方(おいたてかた)の七賢人」と呼ばれる技術者が中心になって取り組んだ。本島が責任者として統括し、長崎や江戸で蘭学を学んだ杉谷雍助(ようすけ)らが翻訳したオランダの技術書を手掛かりに進めた。
 実際に形にしようとすると、炉に使う耐火れんがの原料になる土や、鋳型に用いる砂の種類など細かい部分が分からない。杉谷は、藩校弘道館の指南役を務めた田中虎六郎とともに、技術書の翻訳や分析をさらに進め、長崎のオランダ商館長にも教えを請うた。
 最初の反射炉は嘉永4(1851)年1月、現在の日新小学校(佐賀市)の敷地内に完成した。「築地(ついじ)反射炉」と呼ばれ、煙突の高さが16メートルほどあり、一度に溶解できる鉄の量は3・6トンを目指した。鉄鉱石から精製された鉄の塊(銑鉄(せんてつ))を用い、初の火入れでは目標の4分の1に当たる0・9トンを装填(そうてん)した。しかし、溶かすことができたのは30キロ。炉内の温度が上がらず、ほとんどが塊のまま残った。
 2回目以降の操業でも装填量の半分が溶けきらない。そうしていると、耐火れんがが熱で溶け、鉄と混ざり合う問題も発生した。この時期に築地を視察した幕府の役人は、現場が炉を制御しきれていない様子を日記に書き残している。「火の勢いが苛烈で、土と鉄が溶け合って流れている」
 試行錯誤を重ねながら、5回目の操業からは大砲の試験鋳造も始める。小型の8ポンド砲を造ったが、試射で砲身が破裂した。鉄が十分に溶けず流動性が乏しかったため気泡が入り、強度が低下したとみられている。破裂はその後も、何度も発生し、射手が大けがをしたり、死亡する痛ましい事故が起きたりした。
 杉谷に加え、鉄の溶化を担当した刀鍛冶師の橋本新左衛門、鋳型製作と鋳造を担った鋳物師の谷口弥右衛門ら技術者は、燃料の質や量、燃やし方を見直す。燃焼室で発生した熱を溶解室へ効率的に伝えられるように天井の角度も調整した。耐火れんがの質の向上にも取り組み、炉の操業は次第に安定していく。嘉永5(1852)年5月の14回目の操業でようやく納得のいく大砲を完成させた。
 長崎の台場に鉄製大砲の配備を始めると、幕府から品川の台場にも供給を求める打診があった。築地で余分に生産できる能力はない。佐賀藩は悩んだ末に、幕府用の反射炉を新設する資金を提供してもらうことを条件に引き受ける。
 多布施に新設した反射炉は築地の不備を改良した設計で建築され、鉄製大砲の本格的な量産が始まった。
 長崎への配備が終わり、幕府からの注文分を造り終えると、反射炉は役目を終えた。操業期間は二つの炉を合わせても9年間にすぎなかったが、培った技術は韮山をはじめとした後発の炉に移転され、鉄製品の大量生産の礎になっていく。


鉄製大砲135門製造

 築地と多布施の反射炉が稼働した9年間で、製造された鉄製大砲の総数は135門。長崎港周辺や品川の台場に据えられ、徳島藩や対馬藩にも供給された。
 反射炉の操業は「初期」「築地単独」「並行操業」「多布施単独」の4期に分けられる。築地は嘉永5(1852)年7月に初期操業を終えて単独期に入るが、溶解能力が思うように向上しなかった。このため、29門を設置する予定だった長崎の台場に供給できた大砲は9門にとどまった。
 本格的な量産体制が整うのは、安政元(1854)年4月に多布施の操業が始まってからだ。ここでは、炉の構造や燃料を改良することで溶解時間を短縮。全4炉のうち2炉ずつを交互に使うことで、操業間隔も短くした。大砲製造数は築地が20門だったのに対し、多布施は115門で、多布施が量産の要になった。

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