古代の住居跡-手前に家の入口、奥に竃が見える

 今回は奈良時代前後の大規模な集落跡についてお話しします。

 竪穴住居内にはこの頃になると、食べ物を調理する専用の「竃(かまど)」が登場し、家の入り口とは反対側に設置されていました。煙も外に出すようにつくられ、煙突の吸い上げ効果により竈がよく燃えるよう効率的な構造となっていました。

 100軒以上出てきた住居跡のうち、1割にあたる10軒ほどに鉄器が集中して出土しました。これは族長ともいえる集落の長(おさ)がいて、貴重な鉄製の道具を集中して管理していたことを示しています。

 また、鍛冶炉に風を送る「鞴(ふいご)の羽口(はぐち)」を出土する建物跡もあり、鍛冶屋がいて鉄製農具を作っていたことも分かりました。

 古代の蔵上村は鍛冶屋まで持った大集落だったようです。(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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