「死にたい」というネットへの書き込みを、どう考えればいいのか。長年、自殺対策に取り組む精神科医で、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦薬物依存研究部長は「必死のSOSも含まれるはず。現実世界で、『死んでは駄目』と頭ごなしに否定されたり、安易に励まされたりするのを恐れ、書き込む人もいるだろう」と話す。

 2006年に自殺対策基本法が制定。「少なくとも、以前より『自殺』という言葉が忌避されなくなった。今回の事件で、会員制交流サイト(SNS)への書き込みを規制し管理する方に向かうなら違うと思う。削除したところで若者や子どもは、別の場を求めるだろうし、本音が地下に潜り、孤立するだけです」

 自殺予防に必要なのは、「死にたい」と言える人間関係であり社会だと訴えてきた。「その一言は、困難を抱えているという目印であり、支援を受けるための入場券。それを取り上げてしまったら、支援の門をくぐれない」と松本さん。“不幸な本音”で前向きなつながりが生まれる可能性もあり、「どうにもならない絶望的な事態でも、同じ絶望を分かち合える仲間がいると、少し光が見えることもある」と分析する。

 一方で犯罪の起きるリスクをいかに減らすか。重大事件の容疑者を鑑定した経験などから、他者への加害をほのめかすような人が抱く深い孤独にも着目する。「加害者も被害者も生まないためには、書き込みを削除して無かったことにするより、独りぼっちにさせないほうが安心だし安全」

 若年層への自殺予防教育も問われている。「必要なのは『命の大切さを教える』といった道徳教育より、自殺や自傷のリスクが高そうな書き込みを見た子が、信頼できる大人に話をつなげる力などを養うこと。いかにSNSで『死にたい』と言いやすい環境を整えるか。簡単に結論を出さず、利用者も巻き込んで考える契機とするしかない」【共同】

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