長男の誕生祝いの大皿など、焼き物の思い出を語った永吉輝男さん=唐津市の自宅

永吉輝男さんが長男の誕生祝いに特注した染め付けの大皿

永吉さんが自宅の塀に施した装飾。父親の巳好さんが亡くなった際の香典返しの器の残りを生かした

■長男誕生記念の皿 健やかな成長願い込め

 伊万里警察署に勤務していた1970年、長男の輝之助(こうのすけ)が生まれました。その記念に、仲良くしていただいていた源右衛門窯伊万里工場の皆さんに焼いてもらったのが浮世絵「市川団十郎の竹抜き五郎」を模した染付大皿です。歌舞伎が好きで、持っていた本にあったこの絵は渾身(こんしん)の力を振り絞って竹を抜こうと足を踏ん張る姿が、健やかに成長してほしいという願いとぴったり重なりました。

 実はその前年、私たち夫婦は第一子を死産で亡くしているんです。19歳で県警に入り、初任地の佐賀署の交番勤務時代に知り合った順子と68年に結婚しました。伊万里署へは、大きなおなかを抱えての引っ越しでした。5月のある日、仕事から官舎に戻ると、玄関は血で真っ赤に染まっていました。近所の人から「奥さんが運ばれた」と聞き、すぐ病院に向かいました。そこには憔悴(しょうすい)しきった妻と、子どもの遺体がありました。

 最初は不思議と涙は出なかったけれど、火葬場で小さなお骨になって帰ってきたときは泣きましたね。つらかった。だから、その分まで、無事に生まれて、健やかに育ってほしいという思いが強かったんです。

 皿は1年ほどで出来上がりました。既に伊万里署から異動になっていたんですが、届いた時は感激でした。丁寧な仕事ぶりで、絵付師さんの魂のこもった皿に仕上がっていました。

 その皿のおかげか、息子は元気に成長しました。実は私の父の巳好(みよし)も警察官で、息子が警察官になれば3代続く警察一家だったんですが、優しい性格で、会社勤めを選びました。次女が警察官になり、3代連続は実現しましたけどね。

 伊万里署と唐津署の勤務を経験し、焼き物がいっそう好きになりました。多くの窯元と仲良くさせてもらい、ろくろも習いました。磁器も好きですが、どちらかと言えば、土ものに引かれますね。たぶん、生まれが唐津だからでしょうね。今も唐津焼の窯元で作らせてもらったぐい飲みを愛用しています。

 県警は2005年に警備部長で退職し、現在は唐津で、ふるさと会館アルピノの館長を務めています。県警の現役時代は仕事第一で家のことは妻に任せきりでした。家族から「うちは母子家庭だ」とずっと言われていました。今は思い出深い焼き物に囲まれ、妻への奉仕を心がける毎日です。

=余録= 父親の面影

 県警を退職する際、「残りの人生はここで」と生まれ育った唐津に戻った永吉さん夫妻。唐津城近くに構えた自宅の塀には、伊万里の窯元で焼いてもらった器が埋め込まれている。1979年に父親の巳好さんが亡くなり、香典返しの残りを「しまい込んでいても意味がない」と使った。

 駐在所勤務が長く、地域住民から「優しく面白いお巡りさん」と慕われた巳好さんだが、昇進には縁がなかったという。

 巳好さんが他界する前、永吉さんは警部試験に合格した。「息子の昇進がうれしかったんでしょうね。お祝い会を開いてくれました」

 故郷での第2の人生。朝は父の面影を目に浮かべ、塀の器に「行ってくるよ」と声をかけて出かける。

このエントリーをはてなブックマークに追加