作詞家の阿久悠さんは高校時代、毎日のように映画を見たという。場所はもちろん映画館。「当時のぼくにとって、そこは暗闇であって暗闇でなかった」とエッセーに記している◆「闇は目をふさぐが、この闇は目を開かせてくれた。映画館が暗くなる瞬間の心地よい戦慄(せんりつ)を忘れることができない(略)闇がどこよりも明るかったのだ」(『私の一本の映画』より)。阿久さんにとっての映画館は、未知の人と出会って人生を味わい、初めての国の文化を知る窓だったのだろう◆佐賀市中心街に、小さな映画館「シアター・シエマ」の灯がともって今月で10年になる。欧州やアジア・中東の映画にも触れることができ、ハリウッド系など大作中心のシネコンとは一線を画している。以前は、目当ての映画を求めて福岡市の単館を回っていた。シエマの開館に心躍ったものだ◆オープン以来の本数は約1700本。人の好みは多様だから、面白いと感じるものも人によって違う。シネコンもいいが、もっといろんな映画を、という願いを叶(かな)えてくれている◆映画をインターネットで見られる一方、各地のミニシアターが消えていく時代。シエマに出向く楽しみは映画を見ることだけではない。行けば、誰かと映画の話ができる―。それこそが魅力だろう。阿久さんが愛した文化の“窓”そのものだ。(章)

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