江戸時代の庄屋の旅について語る高尾平良さん=2011年8月、鳥栖市の若葉コミュニティセンター

 この鳥栖三神特集のコーナーで約20年間、健筆をふるわれていた鳥栖市文化財保護審議会会長の高尾平良が11月20日、急逝された。75歳だった。

 高尾さんの文章と、菓子店「水田屋」の会長水田哲夫さん(78)の絵とのセットで、ふるさとの歴史や祭り、暮らしなどを切り取る「きやぶ百景」や、「東肥前の神々」などを連載中だった。

 1942年、現在の北朝鮮で生まれた。終戦前に家族で現地を離れ、鳥栖に住んでいた母の兄を頼った。鳥栖高卒業後に進んだ東京の阿佐ヶ谷美術学園ではタレントのおすぎさんと同級生だったという。

 広告宣伝・企画業の傍ら、歴史や民俗、文学、映画など多分野でマルチな才能を見せた。独学で歴史を学び、戦国時代の城下町遺跡・勝尾城筑紫氏遺跡の国史跡指定に大きな功績を残した。市民参加型の長崎街道まつり、まつり鳥栖、桜シーズンのとす弥生まつりなどを次々に手がけた。

 最近は鳥栖駅周辺整備に伴う現駅舎の行く末を案じ、「鉄道のまちに残る最後のシンボル」が口癖だった。亡くなる2日前の「きやぶ百景」では、その駅周辺整備で取り壊される「鳥栖ビル」の思い出をつづっていた。これが鳥栖への愛情を込めた連載の、最後の原稿となった。

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