草原の国、モンゴルに「鬼の白い馬」という民話がある。とある夜、馬飼いのところに白い馬に乗った見知らぬ男がやってきた。「お前と相撲をとろうと探していたんだ」。男は言い、近辺で一番の力士と評判の馬飼いと相撲をとる◆男はめっぽう強い。勝負がつかず、やがて夜が白々と明け始める。太陽が昇るや、馬飼いは、渾身(こんしん)の力で相手を押し倒した。すると不思議なことが起こり、男の姿が消えてしまったのだ。後には白い馬だけが残った◆馬飼いは気づく。「あいつは鬼だったんだ。自分が負けたから、白い馬をおれに残したんだ」。その馬は競馬で常勝するほどの名馬で、人々の評判になったという。馬飼いが真の強者だと証明するために、白い馬の男は現れたのだろう。勝って手にした馬が証しとなった◆こちらは真の強者の証しを手放すことに。引退を決めた横綱の日馬富士関である。会見で暴力行為を謝罪し、「やってはいけないことをした。横綱として責任はとらないといけない」と言葉を絞り出した。敗者たちから託された強者の証し。だからこそ、己だけのものでなく重いのである。怒りの代償はあまりにも大きい◆暴力沙汰は相撲界に限らず、残念なことだが、ほかのスポーツ界、教育界などでも存在する。他山の石として、それぞれが深く胸に刻むべきことである。(章)

 

このエントリーをはてなブックマークに追加