38度線を越えただけで、ただのミカンが「とてつもなく貴重な果物」に変わる。口にできるのは高級幹部だけ。大韓航空機爆破事件の金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚が「ここ韓国に来て、ミカンがたいへんありふれた、ただの果物にすぎないことを知って、おかしかった」と著書『愛を感じるとき』に書いている◆ソウル五輪の開催阻止を狙ったテロは、日本人「蜂谷真由美」を装った金元死刑囚ら北朝鮮工作員による仕業だった。中東アブダビを飛び立った大韓航空858便は、経由地のタイ・バンコクに向かう途中で消息を絶ち、115人が犠牲になった◆あの事件から、きょうで30年。独裁体制が続く。先週公開された、板門店から脱北する兵士が撃たれた映像は衝撃だった。どうにか命を取り留めた20代の若者は「韓国の歌が聴きたい」と言ったという。ありふれたポップスのメロディーが、彼にとってはようやく手にした「自由」だったに違いない◆冒頭の本には、拉致被害者の田口八重子さんとみられる教育係が「ドナ・ドナ」を口ずさむ場面が出てくる。「拉致されてきた自分の身の上を、この歌になぞらえているようだった」と◆〈かわいい子牛 売られてゆくよ 悲しそうな瞳で見ているよ〉〈もしも翼があったならば 楽しい牧場に帰れるものを〉-。あまりにも悲しい詞。怒りがこみ上げる。(史)

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