「山中先生は美味(おい)しいものを食べに行ったときに必ず、奥さんを連れてきてあげたいって言うんよ。それはいつも僕が君に思っているのと同じでびっくりしたんやけど」-。iPS細胞を生み出した山中伸弥教授について、ラグビーの平尾誠二さんが妻の惠子さんに語ったという◆ノーベル賞科学者とミスター・ラグビーの意外な組み合わせに驚かされるが、よほど波長が合ったのだろう。雑誌の対談で出会ったふたりは、妻も一緒に家族ぐるみのつきあいを続けた。「友情-平尾誠二と山中伸弥『最後の一年』」に詳しい◆その友情は昨秋、平尾さんが亡くなるまで続いた。わずか6年とはいえ、古くからの友人のような濃密な時間。それを断ち切ったのは、平尾さんを襲ったがん、それも手の施しようがない末期のがんだった◆今月は、山中教授がiPS細胞の論文を発表して10年になる。この間、研究は大きく進んだ。眼病の「加齢黄斑変性」治療では実際にヒトへの移植が始まり、iPS細胞は再生医療と創薬のふたつの分野から世界を変えようとしている◆平尾さんは53歳で力尽きたが、山中教授には今もなお、平尾さんに「背中を押されている」感覚が続いている。「まったく科学的ではないけれど、僕にはそうとしか思えないのです」。iPS細胞の未来へ、亡き友が力を添える。(史)

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