文豪・夏目漱石には鏡子(きょうこ)という妻がいた。一般に悪妻説が流布しているが、そうでもなさそうである。長尾剛さんの『あなたの知らない漱石こぼれ話』には、鏡子像が描かれている◆およそ家庭の主婦としては優等生でなく、漱石が離婚を口にしたことさえあったというが、妻の純愛が天才を支えた。鏡子と見合いをした漱石は言っている。「歯並びが悪いんだけど、それを隠そうともしないで平気でいるところが気に入った」。彼女の遠慮なく言う性格が、正直の美徳として映った◆鏡子は夫亡き後、「お父様はね、親切でよくいろいろなことを教えて下さったんだよ」と懐かしげに語っている。なかば夏目家のノンフィクションともいえる『吾輩は猫である』に、主人公の苦沙弥(くしゃみ)先生が細君に語学の説明をする場面が出てくるが、実生活と重なっているようだ。温かい交わりが見え、ほほえましい◆夫婦なんてそんなものかもしれない。波長が合うというか、地球と月のように引かれ合うとでもいおうか、他人には分からない周波数があるのだろう。あすは「いい夫婦の日」。生命保険会社の調査で、「円満」と答えた夫婦の平均会話時間は平日で「113分」。「円満でない」夫婦との間には、約3倍の開きがある◆語り合えば互いが、そして自分が見えてくる。そう、漱石夫妻のように。(章)

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