鳥栖ビル

 高度成長が始まった1965(昭和40)年の夏、東京から帰省した。筆者・高尾は鳥栖駅前に建つ7階建てのビルを目にした。

 同年6月にオープンしたばかりの「鳥栖ビル」は地下に飲食店街、1階にスーパー・サニー、2階に洋食・セントラル、上層階は集合住宅という鳥栖市内初の総合ビルであった。

 やがてデザイン業を始めた高尾に鳥栖ビル3階の「結婚式場」の内装デザインの話が舞い込み、高尾はビルの5階に住む。そして地下街のバー「グレコ」に入り浸り。当時はベトナム戦争の真っ最中で、グレコに福岡県春日市の米軍基地の海兵隊員・GIが出入りしていた。ベトナム行きの輸送船のアルバイト募集があり、駅周辺では暴力団の抗争が続発し、鳥栖ビルの周辺は波乱に満ちていた。

 その高度成長期の駅前のランドマーク「鳥栖ビル」も今年その歴史を閉じる。

絵・水田哲夫=鳥栖市本町

文・高尾平良=鳥栖市本町

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