『日本勇士加ゝ見貼込帳』官軍忠勇千人之内より「鍋島上総(鍋島茂昌)」

 肥前鍋島上総(かずさ)様」というタイトルの絵。鍋島上総は、武雄の最後の領主鍋島茂昌(しげはる)のことです。明治時代初期に刷られたこの版画は、戊辰戦争で活躍した官軍(政府軍)の勇士たちを紹介した錦絵のひとつです。茂昌の雄姿とともに「肥前の長臣にして、文武精隊聞え高く、一方の将帥、大任を蒙り出陣、不日ニ成功就べし、武門出傑の人なり」との賛辞もそえられます。

 150年前、日本最後の内戦ともいうべき戊辰戦争が起こり、社会は大きく変動しました。1868(慶応4)年5月、茂昌は長年の武雄領内での西洋砲術研究と軍隊調練の成果を評価され、新政府から出兵を命じられました。茂昌は約800人の武雄軍団を率いて羽州地方(秋田・山形)に出兵、武雄の最新鋭の軍備、戦法は人々を大いに驚かせました。また、羽州に出兵した約3900人の佐賀藩全軍の指揮官にも就任しました。

 武雄の歴史を研究した石井良一氏はその著『武雄史』で、茂昌の絵の存在は聞いているがついに求められなかったと心残りを嘆いていますが、それがこの絵のことです。

 慶応の元号は同年9月8日に明治と改元されました。今年は明治150年。武雄市歴史資料館では、11月18日から「明治150年 鍋島茂昌と羽州戦争」の展覧会を開催します。

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