仕事は相手の未来価値をつくること

 地域ビジネスプロデューサーとして、縁もゆかりもない佐賀県にやってきた南雲朋美さん。有田焼400年事業や肥前吉田焼のPRなどに取り組んできました。佐賀での活動を含めたこれまでの歩み、仕事に対する熱い思いを聞きました。

■熱意は直接伝える

 18歳から大手外資系企業に勤めていた南雲さん。プロジェクトのリーダーをまかされるなど順調にキャリアアップを重ねていましたが、「これからは日本のために働きたい」と一念発起し退職。34歳で大学へと進学します。大学では経営戦略や社会学などを勉強。卒業を控え就職活動をする中、自分の思いにマッチした会社を見つけました。「ほんとうに入りたい会社があるのなら、その一番偉い人に手紙を書いてみたら?」というアドバイスを参考に、社長宛に手紙を書くことに。熱い思いをしたためた手紙が本人に届くか不安だったので、社長が出席するセミナーに参加して直接手紙を渡したそう。熱意が届き、その会社の広報を担うことになります。

■仕事に対する姿勢

 「仕事は与えられたものをやる、広報は右の情報を左に渡す仕事だと思っていたんです。広報を始めたばかりのころは、相手がやりたいと言っているのに、できないものはできないと言っていました」。前職では評価が高かった南雲さんですが、当時の上司に「あなたは仕事ができない人だ」と言われたこともあるそう。「今できることをやってもたいした価値はない。相手がより喜ぶような、今はない付加価値を私が付けなければいけない。仕事は、“相手の未来価値をつくる” ことだと気づきました」。南雲さんは、自分の仕事のやり方を確立させていきます。

■佐賀での仕事

 もっと日本の地域に貢献したいと思い、その会社も退職。縁あって、有田焼400年事業に携わることになります。「窯元の財務・精算改善、商品開発などを担当しました。焼き物や経理のことは何も知らなかったんですが、求められていることだと思ったので必死になって勉強し知識を付け、窯元さんたちと一緒に頑張りました」。有田の次は嬉野・吉田へ。窯元に眠る焼き物を掘り出す「トレジャーハンティング」や肥前吉田焼のコンペなどを行い、肥前吉田焼を盛り上げる陰の立役者となります。「これからは、日本の伝統的産業をもう一度見直して、できる限り仕組み化していければと考えています。佐賀での仕事で得たものはとても大きい。今後も佐賀での仕事をやっていきたいですね!」と話す南雲さん。努力を惜しまず情熱を持って熱く駆け抜けていく南雲さんの歩みは、これからも止まることはなさそうです。

profile 南雲 朋美

なぐも ともみ■広島県生まれ、東京都育ち。HP社に16年勤めたのち、慶應義塾大学SFCに進学。卒業後は星野リゾートに入社、広報・ブランディングを担当。退職後は地域ビジネスプロデューサーとして全国各地で活動。

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