庭の中心に庭園灯籠の代表的織部灯籠が描かれている

2階両端に三ツ星一文字の家紋が描かれている

 栗原はかつての条里制の名残で、下栗原ケ里の南に位置しています。集落は、一本榎、日野目、八竜籠からなり、享和元(1801)年写しの御領中郡村付きに小隈、境、新ケ江とあります。境は今日では坂井と呼んで、湯谷を含んでいます。正保絵図(1644~1648)には栗原ケ里村と記されています。小隈と坂井の集落にはそれぞれ神社が所在し、坂井と小隈には天満神社が祭られ、小隈には宝珠寺、坂井に福寺大日堂が祭られています。

 明治8年、上栗原ケ里と合併して栗原村が誕生しました。

 西家の建物は明治年間に建てられたと伝えられ、近年、一部改修されました。屋根は桟瓦葺(さんがわらぶ)きの2階建てで、主な間取りは、床の間、仏壇付きの座敷8畳と、6畳、茶の間6畳の二間、それに納戸を付けています。

 特徴的なのは、2階の両端に渡辺嵯峨氏の家紋である丸に三ツ星一文字が描かれています。家紋は言うまでもなく、その家のしるしとして生まれたもので、一家の家長を中心とした家旗で、この家のしるしとして図柄を表したものです。三ツ星の星にもいろいろ役目があり、信仰の対象とは異なりますが、北斗七星とか、オリオン三星とかもその一つで、星を戦勝などにかけたとも言われています。

 建物の周囲が空き地ということで、自然が適度に融合し、庭の草花や芝生の手入れをするとき、そこを通る人と接する機会がもてるし、草花を介して心のコミュニケーションができ、庭に興味のある人たちとの交流ができます。

 西家を訪れたのは、日差しが降り注ぐ暑い日中でした。当主がすぐさま「きょうは暑かったろう。ジュースば飲まんね」と差し出されました。その一瞬、当主の心の優しさと、心の豊かさを垣間見ることができました。

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