「土こねは基本。土を自在に扱うため、おろそかにしてはならない」と力を込める奥川俊右衛門さん=有田町の奥川俊右衛門窯

「自分だけがいいと思うのでなく、見る人がいいと言ってくれる作品を作り続けたい」と話す奥川俊右衛門さん

 高さも直径も60センチを超える大鉢や花瓶、時には1メートルを超える作品に挑んできた。必要な土の量は10~20キロ。「大物作りは力任せではうまくいかない。土の性質を知り、力を抜いていながら、思い通りに仕上げることが大切」と淡々と語る。

 大物作りは、上部や底部など2、3個に分けて作った部分を、後でつなぎ合わせる。直径も厚さもぴたりと合わせなければつながらない。「厚みを揃えるには感覚を磨くしかない」と修業の日々を振り返る。

 15歳で陶芸の道に入り、21歳で「大物作りの名人」と称された初代奥川忠右衛門さんに弟子入りした。目標を決め、一寸(約3センチ)、また一寸と少しずつ大きな物に挑戦を続けた。

 師匠が「大物の決め手」と大切にしたのは口と肩のバランス。作品を見た師匠が「ここ」と指さした所を、かんなで削るだけで見違えるほど引き締まった造形になったことがある。削った厚さは1ミリに満たないほど。「鍛えた目は欺けないというか。ちょっとしたことで作品が良くなった」。さらに修業に熱が入った。

 師匠は5尺(1・5メートル)を超える大花瓶作りを得意としたが、高齢だった師匠がその技を見せることはなかった。今、有田でその技術を伝える人はほとんどいない。「作ろうにも分からないことがある。一度見ておきたかった」と、伝統の技を継承できなかったことを悔やむ。

 技術の基礎は最初に入った柿右衛門窯で学んだ。最初の仕事は土こねと焼成の時に使うハマと呼ばれる小さな皿を作ること。その時の経験から、修業時代は「毎日土に触ることが大切。1日さぼれば、感覚を取り戻すのに数日かかる。地味できついけど、やり続けるしかない」と語る。

 卓越した技術で2002年には「現代の名工」に認定された。個展のほかに、県立有田窯業大学校の講師や佐賀大芸術地域デザイン学部の非常勤講師を務めるなど、後進の指導も重要な責務となる。それでも「職人は一生が修業」と「ろくろはあくまでも薄く軽く」を信条に、寡黙に土と向き合い続ける。(石黒孝)

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