ツツジの花の咲く頃の127石段の正面参道=基山町園部

 大興善寺のご本尊、十一面観世音菩薩は12年ごと、午(うま)年の4月に開帳(一般公開)されてきた。1893(明治26)年、来年のご開帳に向けた協議で、石坂改修の件が話題となった。93年は赤痢が流行し暴風雨により県下でも甚大な災害に見舞われていた。

 誓恩師は、こうした状況下での石坂改修は、檀信徒に新たな負担を求めることになり、避けたいとの考えであった。けれども鹿毛良鼎氏をはじめ、多くの人から石坂改修に賛成意見が出され、改修することに決まった。

 石坂改修及び境内整地の検討は基山村(現基山町)の飛松忠四郎氏ら14人を中心に進められ、地元、近隣の信者や有志から浄財を募った。誓恩師は1円以上の寄付を望まず1銭や5銭、10銭の寄付に手を合わせた。

 工事は基山村城戸(現基山町小倉)の酒井幸四郎氏を棟梁として10月17日着工。基山村のほか近隣の職人も加わり予定より早く1894(明治27)年4月3日、127石段の正面参道、境内7カ所に計216の石段工事が、総工事費800円で完成した。

 落成式には、正面石段の両側にぼんぼりがともり狂言、踊り、にわかなどの演芸が奉納され完成を祝った。

 (地域リポーター・久保山正和=基山町小倉)

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