作家の故・阿川弘之は晩年まで、食卓に2、3種類のチーズを欠かさなかった。大正9年生まれだから、ハイカラな食生活だ◆「あんた、子供のくせして、えらいけったいなもんが好きやなあ」。大阪生まれの母親は言ったらしい。ロシア語を学び、ウラジオストクなどで仕事をした父親の影響で、家での日曜の昼食はトーストにバターだった。チーズも食卓に上った記憶がある、と随筆集『食味風々録』に記している◆あすは「チーズの日」。チーズもすっかり日本人になじんだ。今夏、大枠合意した日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)は今、詰めの段階。最後の高いハードルがチーズだった。カマンベールやモッツァレラなどはEUの大事な輸出品である。日本は米国に次ぐ大きな市場なので、酪農家は不安を募らす。関税が下がり安い欧州産チーズが入れば、国産には打撃だ◆チーズに使う加工用生乳の需要が減り、牛乳に振り向けられると乳価は下がる。佐賀を含め全国の酪農家があおりを受けるのである。ただでさえ高齢化と飼料高騰で疲れ切り、廃業する人が後を絶たない。生乳の生産量は減り続け、バターも品薄を繰り返している◆一見、阿川のようなチーズ好きには恩恵があるように映るが、国産の乳製品の入手が難しくなることを望む人は、多くないだろう。(章)

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