瀬戸記者と質疑を交わす生徒たち=鳥栖西中

 佐賀新聞社の記者が幕末の歴史などを分かりやすく解説する出前授業が7日、鳥栖市の鳥栖西中(大石達弘校長)であった。鳥栖支社の瀬戸健太郎記者が江戸時代後期に鳥栖地域で盛んに生産された櫨蝋(はぜろう)について解説し、2年生40人がかつての地元を支えた産業について知識を深めた。

 県内の中学校に新聞を届ける「さが維新塾」の一環として開催した。瀬戸記者は鳥栖で櫨栽培が盛んになった経緯や、農家の現金収入源として始まった櫨蝋生産が佐賀藩の国策として専売化され、ヨーロッパなどにも輸出されたことなどを紹介。「櫨蝋は佐賀藩が蒸気船を購入する資金になった」などと説明した。

 生徒は瀬戸記者の話に熱心に聞き入り、「当時の軍艦はいくらだったのか」「県内では今でも櫨蝋が生産されているか」「(佐賀)本藩と(対馬藩の)飛び領の違いは何か」などと質問。瀬戸記者が取材に行った際のエピソードにも興味深そうに耳を傾けた。

 鳥栖で櫨蝋が作られていたことを初めて知ったという立石晴己君(14)は「櫨を使ったろうそくの作り方や、幕末の地元の様子をもっと知りたいと思った」と感想を語った。

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